ママ垢開設
家に帰ってからの1ヶ月はあっという間に過ぎていった。
「ここのケーキ好きやろ?」
外に出られない私の代わりに、母は色々なスイーツを買ってきてくれた。あと、妊娠中控えていたお寿司もたくさん買ってきてくれた。今まで我慢していた反動で、生ものばかり浴びるように食べた。それ以外にも、母は一日三食栄養のバランスのよい食事を作ってくれた。好きなものばかり食べて甘やかされて、子供の頃に戻ったみたいだった。
食事以外の時間は凜のお世話をしつつ、ベッドでだらだらとスマートフォンをいじり、タブレットで動画を見て、母や悠人とたくさん話して過ごした。
私以外に大人がいて、赤ちゃんの世話をしてくれることがとても心強かった。母は夜なかなか寝てくれない凜を代わりに抱っこしてくれ、ミルクを飲ませてあやしてくれた。子供を二人育て上げている母の抱っこには年季が入っていて、凜も心地良さそうに眠った。母のおかげで、私は睡眠時間を確保することができた。
悠人も、家にいるときは、率先しておむつ替えや沐浴、ミルクの調乳をしてくれ、新米のパパなのに頼もしかった。SNSを見ていると、何もしてくれない旦那で溢れている中、うちの悠人は百点満点だ。
至れり尽くせりの1ヶ月間だったので、母が兵庫に帰るときは不安でいっぱいだった。今までは、自分以外の大人が必ずいたが、これからは平日の日中、私は一人。悠人は仕事に行ってしまうので、私が責任をもって凜の面倒をみなければいけない。
「麻美なら大丈夫。何かあったら、いつでもかけつけるで」
母はそう言うと、父の待つ兵庫へ帰っていった。
***
凜は少しずつ生活リズムが身についてきたようで、前よりは夜も寝てくれるようになった。私の身体もだいぶ回復し、凜が寝ている間、掃除やご飯作り、洗濯などの家事をした。凜の世話と家事をしていると、一日はあっという間に過ぎていく。
毎日少しずつベランダに出ては、凛と外気浴をした。凜が生まれたのは秋の始まりで、少し夏のように暑い日もあったのに、今はすっかり涼しくなり、やがて訪れる冬の気配を感じる。
それにしても、凛はかわいい。生後すぐのころはしわくちゃで子ザルのようだったが、日増しにぷくぷくと赤ちゃんらしいむっちりとした体つきになってきた。頬はふんわりとして、髪の毛はほわほわで、二重の瞳は憂いを帯びていて、小さな口も鼻も人形のようにバランスよく整っている。手首は肉厚でくびれていて、短い脚はボンレスハムのようにパンパンだ。身体のどこを触ってもふんわりと柔らかくいい匂いがして、吐く息はお乳の匂いがした。うんちでさえもお米が炊けるような匂いで香しい。凜を抱っこしているだけで幸せな気持ちになった。
私の人生は凜に会うために存在していたのだ。これからの私の人生は、大切な凜を守るために存在しているのだ。だから、苦労はさせたくないし、少しでも幸せな人生を歩んでほしい。そのために、私はどんなことでもする。
私は日々変わる凜の様子を、持っていたデジタル一眼レフカメラで写真に収めた。元々写真を撮るのが好きで、外出や旅行のときに持ち歩いて写真を撮っていた。今は、凛という素晴らしい被写体がいるので、余すことなく写真に収めたい。
あくびをする凜。涙を流す凜。手をじっと見つめる凜。手足をバタバタ動かす凜。微笑を浮かべる凜。穏やかな顔で眠る凜。ミルクを飲む凜。おもちゃを見つめる凜。
どんな姿の凜もかわいくて、凛が寝ている間に撮った写真を見返すとあっという間に時間が溶けていった。親馬鹿だと思うけど、凛は他の赤ちゃんと比べても特別かわいい。赤ちゃんモデルにも引けを取らないかわいさだ。こんなにかわいい凜の様子を悠人と私だけで独占するのは勿体ない。色々な人に見てほしい。
私は、家族間で写真を共有するアプリに、日々写真をアップした。最初こそ、私の母や義母が「かわいい」とコメントを寄せてくれていたが、毎日アップする私に辟易としているのか、次第に反応が減っていった。
物足りない。もっと凜のことをかわいいと言って愛でてほしい。あらゆる言葉を使って賛美してほしい。悠人に凜の可愛さをアピールしても、半笑いで「確かに凜はかわいいけど、ちょっとそれは褒めすぎだよ」と呆れられてしまう。悠人の言葉を聞いて、心底がっかりした。
凛の可愛さを多くの人に知ってもらうために、インスタグラムのアカウントを新しく作って、凛の写真をアップすることにした。今まで数百枚撮った写真のうち、十枚ほど厳選してアップする。凜の成長記録にもなるし、ちょうどよい。私のインスタグラムのフォロワー向けに「育児記録のアカウントを作りました。よかったらフォローしてね」と投稿した。色々な人に凜の写真を見てほしかったので、アカウントには鍵をかけずに全体に公開した。
私の周りにはまだ子供がいる子が少なく、ママ友が欲しかったので、同じような月齢の子のアカウントをフォローして、コメントを書いてみる。
『はじめまして。月齢が同じくらいだったので、フォローさせていただきました。よかったら仲良くしてください』
最初のフォロワーは50人ほど。ここからのスタートだ。