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誰か気づいて

 子供が怪我することなんて、容易い。子供というのは、目を離せばいつでも死の方向へ行こうとする生き物で、すぐに危ない方へ行ってしまう。いつもなら、怪我をする前に注意するところ、わざと野放しにすればいい。

 凜と二人で公園に行って勝手に歩かせる。案の定、凜は何度も転んで手のひらや膝にたくさんの擦り傷を作る。


「凜、上手上手。ゆっくりね」


 転びそうになっても、助けない。私は、子供の近くで優しく見守る母親の仮面をつけて、凜がたくさん怪我するように願った。いっそのこと、歩けなくなるくらい大きな怪我をしてしまえばいい。そうだ、以前公園で見かけた男の子のように顔から転んで血を出すのもいいかもしれない。それか骨が折れてしまえばいいのに。ギブスでも付けたら、きっと色々な人の関心を引くだろう。

 盛大に転んだ凜が大きな声をあげて泣き出した。私は泣いている様子を動画と写真に収める。ある程度撮影できたので、手を差し伸べて抱っこした。抱っこしながら「凜頑張ったね」と凜を慰めた。凜が落ち着くと、再度歩かせる。何度も転び、嫌になったのか、凜はとうとう抱っこを求め、一歩も歩かなくなった。



『歩くのがだいぶ上手になってきたので、公園で手を離してお散歩。転んでしまって擦り傷を作り泣き泣き凜ちゃん。痛かったね。よく頑張って歩きました。

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「凜の傷どうしたの?」

「今日、お散歩行ったときに歩く練習していたら転んでしまって…転ぶ前に助けようとしたのだけど、ちょっと遅れちゃって間に合わなかったの」


 淀みなく用意していたセリフを言う。悠人は疑うことなく凜を抱き上げて「転んじゃったのか。痛かったなー早く治るといいな」と言っている。

 ミュートにしているスマートフォンのロック画面にインスタグラムの通知が溜まっていく。いいねやコメントが寄せられているみたいだ。今日は悠人に寝かしつけをお願いして、その間に確認しよう。

 いつもと同じような調子で、晩御飯をよそってダイニングテーブルに並べていく。凜の食事も一緒に並べる。手掴み食べできるハンバーグとおにぎり、茹でた人参も用意しているので、凛は自分で食べられるだろう。


「ご飯できたよ」


 私が声をかけると、悠人は凜をハイチェアに座らせ、自分も席につく。


「いただきます」


 三人で食べる食事にもだいぶ慣れた。凜はスプーンをあまりうまく使えないので、スープは私が食べさせるが、それ以外のおかずは上手に小さな手で掴んで口へと運んでいる。

 代わり映えしない毎日の光景。悠人が仕事の話をしているのを聞きながら、食事をする。自分の作った食事は、食べ飽きていて何の驚きも感動もない。献立もいくつかのパターン化されてしまっている。

 早くご飯を食べ終わってお風呂に入って寝ればいいのに。早くインスタグラムを開きたい。


***


 インスタグラムに凜の怪我の投稿をした後、フォロワーさんと何度かコメントのやり取りをしていたが、3日もすると落ち着いてしまう。凜の怪我の投稿は多くのいいねとコメントが寄せられたが、1週間もすると、何も起きない平時の状態になってしまった。

心配するコメントといいねで反応が寄せられている間は、生きている感じがした。誰かが反応している間は、私は確かに独りぼっちではなかった。なのに、また、一人になってしまう。


「あーうー」


 凜がよちよちと寄ってきて、私に手を伸ばして笑ってくれる。かわいいと思うのと同時に、心底憎らしい。

 もし、不治の病にでもなってくれれば。もし、勝手に大きな傷でも負ってくれれば。インスタグラムで、投稿するネタに悩むこともないのに。

 もちろん、凜に死んでほしいわけではないし、植物人間になってほしいわけではない。命の危険がない程度に、それでいて、確実に周囲から病気や怪我だとわかる程度に傷つけることはなんて難しいのだろうか。

 凜が私に背中を向けて歩きだしたので、試しに背中を押してみた。案の定、バランスを崩した凜は転んで、テーブルの角で頭を打って、大声で泣き出した。

 ああ、これでまたインスタグラムに投稿するネタが出来た。

 私は、急いでカメラを凜へと向けた。



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