表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/20

久しぶりのママ会

『4月になったら、みんな忙しくなると思うし、その前に集まりませんか?』


 笑茉ちゃんママから誘いが舞い込んできた。私は二つ返事でOKした。最近はみんな忙しそうで、結菜ちゃんママと1回ランチをしただけ。他のママとは半年近く会っていない。自分から誘えばいいのに、断れるのが怖くて誘う勇気が出ない。だから、笑茉ちゃんママみたいに、企画している人の存在がありがたい。


「凜、久しぶりにお友達に会えるって」


 すっかり髪の毛も伸びてお姉さんらしくなった凜に話しかける。最近は、凛の髪の毛を二つ結びにするのにハマっている。百円ショップとSHEINで買ったかわいいヘアゴムをして、ワンピースを着せるともう赤ちゃんではなく幼児だ。ニコニコしながら私に手を伸ばしてきたので、凛も私と同じように嬉しいのかもしれない。


「お散歩行こうか」

「まー」


 最近、まーとよく言う。私のことを呼んでいるのだろう。早くママと呼んでほしい。

 凜にコートを着せたらベビーカーに乗せて、近くの公園まで連れていく。きっと凜はベビーカーに乗りながら指をしゃぶって、キラキラのお目目で過ぎ行く景色を楽しそうに見ている。

 公園に着きベビーカーから降ろすと、トコトコと歩きだした。気になる方へトコトコ、次はこっちが気になるからこっちへトコトコ…忙しそうに小さな足を動かして歩く様子がかわいい。たまに転びそうになるので、その時は身体を支えて怪我をしないように助けてあげる。


「凜、階段危ないよ」


 果敢にも階段を一人で降りようとするので「手をつなごうね」と声をかけて手を持って支えてあげる。嬉しそうに一段一段、踏みしめながら歩く様もかわいい。


「いやだー!」


 突然、大きな泣き声が聞こえた。声のする方を見ると、凛より少し大きい男の子が手足をじたばたさせながら大声で泣いていた。横にはうんざりした顔のママさんが仁王立ちしている。


「しょうがないでしょ。ないんだからっ!」

「やーだぁっ!」


 男の子はどんどんヒートアップしていき、泣き声は止まる気配がない。お母さんは、うんざりしたのか男の子を放ったらかしにしてスマートフォンを操作している。男の子は気を引きたいのか、余計に大きな声でやだやだと騒ぎ立てる。ママさんは「もうママ知らない。帰るからねっ」と吐き捨て、男の子を放って公園の出口にある駐輪場の方へと向かっていく。


「まってー」


 あ、転ぶと思った刹那、男の子は盛大に転んだ。手をつくタイミングが遅れて、顔を思いっきり地面に打ち付けた。ママさんは「何やってんのっ!」と怒った声を出しながら、駆け寄る。男の子は顔から血を流していた。さすがに焦ったのか、ママさんは慌てて男の子を抱き寄せ、自転車に乗せて帰っていった。

 ふと、隣にいる凜を見ると、きょとんとした顔で私の方を見上げていた。


「あ、凛ごめんね。お散歩しようか」


 ああいう母親にはなりたくない。2歳になったらイヤイヤ期になるのだろうけど、人前であんな風に子供に激昂する母親にはなりたくない。

 頭の中で、顔から血を流していた男の子の姿が何度も過ぎった。


***


「久しぶり」


 笑茉ちゃんママが予約してくれたお店に到着すると、すでに笑茉ちゃんと結菜ちゃんが来ていた。


「凜ちゃん久しぶり」

「わー大きくなったね」


 子供の成長は早いもので、ほんの数か月会わなかっただけで目まぐるしく成長する。インスタグラムで様子は見ていたが、実際に会うとより成長を実感する。

 笑茉ちゃんママは相変わらず美人で、ワイドパンツにブラウスを着て、ゴールドのピアスを身に着けている。結菜ちゃんママは女性らしいふんわりとしたフェミニンなワンピースを着て、髪の毛をハーフアップにしている。


「あ、結菜ちゃんも歩くの上手になったね」


 前に会った時は掴まり立ちばかりだった結菜ちゃんが、何も掴まらないで上手に歩けるようになっている。


「そうなの。最近、ファーストシューズも買ったの」


 結菜ちゃんの足元には、ミキハウスの真新しい靴があった。


「みんな久しぶりー!」


 咲良ちゃんママが入ってきた。咲良ちゃんママは髪の毛をダークブラウンの落ち着いた色味に変えていた。

全員が揃ったので、早速写真撮影を行う。


「みんなで集まって写真撮るのも、めちゃくちゃ久しぶりだね」


 咲良ちゃんママの言葉に頷く。去年最初に集まったときはよちよちした赤ちゃんだったのに、すっかりみんなお姉さんっぽくなって、赤ちゃん感が薄れている。

 ひとしきり写真を撮影すると、4人でわいわい話し始めた。


「咲良ちゃんは、来月から保育園だよね?準備大変?」

「意外とそんなに用意するものなくて、服に名前つけるのが大変かなってくらいだよ。おむつもサブスクだし、用意するのってお昼寝の時に使うバスタオルと着替えくらいなの」

「え、そうなの?保育園っていいね。働くママの味方って感じ」


 笑茉ちゃんママが、インタープリは地味に用意するの多くて面倒くさいよ、と続ける。


「でも、保育園、第一希望のところは受からなくてさ、第二希望のところだから、ちょっと遠いのが難点かも。だから、自転車買ったよ」

「もしかして、電動自転車?」


 気になって聞いてみた。凜との移動はもっぱら徒歩とベビーカーで電動自転車は気になっている。


「そうだよ」

「電動自転車ってどう?いい?」

「すごくいいよ。行動範囲がめちゃくちゃ広がるし、咲良を乗せていても坂道が辛くないの。今年買ってよかったもの第一位になりそう」

「電動自転車いいよね。私もこの間買ったけど、近場移動の時はもっぱら電動自転車使っている」


 笑茉ちゃんママが使っているのは意外だった。てっきり自転車みたいな庶民の乗り物は使わないのかと思っていた。十万円以上するので購入するのを躊躇していたが、悠人に買ってほしいと相談してみよう。


「そういえば、結菜ちゃんと凜ちゃんは、幼稚園始まるまでは自宅保育?」

「うん、その予定だよ」

「うちもその予定」


 四月から咲良ちゃんは保育園、笑茉ちゃんはインタープリスクールに通う。ママたちは二人とも、仕事に復職するらしい。


「お仕事ちゃんと続けていて、本当二人を尊敬するわ」


 結菜ちゃんママは、余裕の口調で言った。以前、結菜ちゃんママは結婚を機に、不動産会社の事務を辞めたと言っていた。結菜ちゃんが大きくなるまでは、仕事をするつもりがない、とも。


「凜ちゃんママは、お仕事続けるの?」

「迷っているの。復職したら、生活も不規則になるし…」

「ああ。CAさんってフライトのシフトがあるものね」


 私は話を逸らしたくて「そういえば結菜ちゃんは、習い事今は週にいくつしているの?」と聞いた。


「今は、ピアノとベビースイミングだけだけど、来月からは受験のお教室にも通うの。お教室に週二で行くから、週4で習い事になっちゃって…上の子が4月から小6だから、中学受験もあるし…」

「中受大変?やっぱり小学校で私立に入れちゃった方が楽かな?」


 迷っているんだよね…と笑茉ちゃんママが興味津々で食いつく。


「んー見ている感じ、どっちもどっちって感じかも。幸い上の子は頭が良くて、お勉強も自分でしっかりしてくれるから手がかからないかな。笑茉ちゃんは、このままずっとインター行って海外の大学行くって手もあるじゃない?」

「んーそれ理想だよね。本当、子供の教育は何が正解かわからないから迷うー」


 笑茉ちゃんママと結菜ちゃんママが教育トークで盛り上がっているのを尻目に、咲良ちゃんママはパスタを黙々と食べている。どっちつかずの私は、二人の会話に相槌を打ちながら、料理を口に運んでいる。


「…あと、実は私二人目妊娠しているの」


 ちょうど先週安定期に入って…と結菜ちゃんママが幸せそうに微笑んだ。


「おめでとう」

「わー楽しみだね」

「2歳差いいね」


 ワンピースで気づかなかったが、結菜ちゃんママのお腹は確かに少し膨らんでいる。


「今安定期だと、夏生まれ?」

「そうなの。7月末の予定」

「性別は?もうわかった?」

「一応、男の子って言われているの」

「男の子いいね。お姉ちゃん二人に可愛がられそう」


 あっさり妊娠できて、羨ましい。私は何度か悠人と避妊せずにセックスしているが、未だに授からない。

 その後も仕事の話やプライベートの話、色々な話をしたが、以前ほど盛り上がらなかった。今まで同じ場所に立っていたメンバーだったが、四月から復職したり入園したり妊娠したり…とそれぞれの状況が少しずつ変わってしまった。


 それぞれの状況が違うので、共通の話題を探すのも大変だ。妊娠のことを深く話すとシングルマザーの咲良ちゃんママを傷つけるかもしれないし、入園の話をされても結菜ちゃんママと私にはピンとこない。そんな風に、誰かにとって興味のある話題でも他の誰かにとっては微妙な話題になってしまう。自然と使っているオムツの銘柄とかおすすめの子供服とか桜の開花時期とか…当たり障りのない話題を探してしまう。そして、当たり障りのない話題は盛り上がらない。わざわざ集まって膝を突き合わせてする話でもない。


「また会おうね」

「うん、落ち着いたらまた集まろう」


 2時間という時間が前よりずいぶんと長く感じた。次の集まりの話はせずに、笑顔で別れたのがすべての答えのような気がした。もしかしたら、集まるのもこれが最後かもしれない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ