初めてのごっつん
宣言通り、程なくして結菜ちゃんは非公開のアカウントとなった。ちょうど同じ頃、芽衣ちゃんのお別れパーティもつつがなく開催された。パーティの翌週、芽衣ちゃん家族はシンガポールへ旅立ち、向こうについてからは、シンガポール生活の写真を頻繁にアップしている。笑茉ちゃんも咲良ちゃんも、インスタグラムは通常運転で、毎日が滞りなく進んでいく。
私は、インスタグラムのチェックの合間に、結菜ちゃんママに教えてもらった5ちゃんねるのサイトもチェックするようになった。色々なベビーママアカウントが批判されていて、読んでいるとあっという間に時間が過ぎる。他の子の投稿を見てもやもやしてから掲示板を見ると、私と同じように負の感情を持った人が言葉を吐き出していて溜飲が下がった。5ちゃんねると見ていると、醜悪な人間の本性が丸裸になって面白い。
小さい頃、旅先で見たぼっとん便所を思い出す。便所の上に立って足元を覗くと、底知れぬ闇が広がっている。どろどろと臭い醜いものたちが渦巻いている。汚くて嫌だけど、生きていく上に必要な場所。
次第に、私も書き込みをして排出するようになった。
『お金かけて意識高いのに、あのアイメイク良しとしているセンスが謎』
『元ギャル&キャバ嬢で、育ちの悪さ隠しきれてないのがw』
『0歳からピアノってwこの界隈って意味のなさそうなこと好きだよね』
インスタグラムのベビーママたちはリアルでも目撃されていて『実物たいしたことなかった』『写真だいぶ盛ってる』と書かれている投稿が目についた。
私は不安になり、近所を外出する時は目深に帽子を被りサングラスをし、人気のない道を歩くようになった。メイクやファッションが完璧な状態で表参道あたりを歩いているときならまだしも、神奈川の築二十年の五階建ての賃貸マンションに出入りしている姿を誰にも見られなくなかった。
前みたいに純粋な気持ちでインスタグラムに向き合えない。フォロワーを増やすために義務的に写真をアップしていく。しかし、ドラマのない私の写真たちは、他の煌びやかな写真の激流に押し流され消えていく。
「あー!」
ゴツっという何かがぶつかった音の直後、凛の大きな泣き声がした。振り返ると、凜がつかまり立ちしようとして転んだらしく、地面に突っ伏して大泣きしていた。
「凜?」
凜に駆け寄り、抱き上げる。おでこが今までみたことないくらい真っ赤に腫れている。
「凜大丈夫?」
声をかけるものの、泣きやまない。今まで転ぶことはあったが、ぶつからないように私が直前で庇っていて、ここまで大きく腫らしたことはない。どうしよう…と焦った私は、とりあえず小児科に連れて行こうと凜を抱っこして家を飛び出した。
どうしよう。どうしよう。
今まで、凜が怪我をしないように細心の注意を払っていた。
「ごめんね」
すまなさと心配と罪悪感で泣いてしまいそうだ。
凜をほったらかしにして、インスタグラムや5ちゃんねるばかり見ていた自分に、神様が天罰を下したのかもしれない。
凜に声をかけ続ける。
病院に着く頃には、凜の泣き声も収まっていた。幸い病院は空いていて、すぐに診察してもらえた。
「恐らく問題ないですね。びっくりしちゃったかな?念のため24時間は様子を見て、いつもと違う様子だったらまた来てください」
ひとまず問題がなさそうで安心した。安心したら、また泣きそうになってしまった。凜の方はケロッとしていて、抱っこ紐の紐の部分を無心でしゃぶっている。
『頭の怪我レポ。
私が目を離した隙に、凜がつかまり立ちをして、転んで頭をぶつけてしまいました。本当にびっくりしたし、申し訳ない。慌てて病院に行ったら問題がなくて安心しました。
同じようなことがあった方の参考になればと思い、レポを書きます。
まず、ぶつけた場合は、患部を冷やす。ぶつけたあと、24時間は様子を見て、次のような様子があったらすぐに病院へ
・意識がはっきりしない
・元気がない
・顔色が悪い
・嘔吐
・痙攣
・食欲がない
・呼吸が荒い
目を離さないことが、もちろん大事だけど、ワンオペだとなかなか難しいよね。私も、今後こういうことがないように気を付けていきます。
このレポが誰かの参考になれば幸いです。
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頭に青あざのある凜の写真とともに投稿した。
怪我レポートへの反響は大きかった。いつもの投稿だと、いいねは200ほど、コメントはあったりなかったり…という感じだが、凛の怪我レポートには、500以上のいいねと多数のコメントが書かれた。
『凜ちゃん大丈夫?早く治るといいね』
『子供が怪我すると心配ですよね…大事にならなくてよかった』
『レポ参考になります。凜ちゃんお大事にしてくださいね』
フォロワーも少し増え、最近停滞気味だったインスタグラムが、久しぶりに少し楽しいと感じた。
その後も、通常の写真の合間に、レポートのような記事を書くようにした。日々の離乳食の用意について、お出かけの時の持ち物について、家の中の安全対策について…日常生活を綴った様子は意外と好評で、参考になるという声が寄せられた。いいね数もいつもより多くつき、私は頭を悩ませながら、レポートを書き上げていった。