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5ちゃんねる?

 時間はどんな精神状態でも平等に進んでいく。安穏な日々を過ごしていると、いつの間にか結菜ちゃんママと武蔵小杉で会う約束をした日になった。

 タワーマンションに住むちょっと余裕のある専業主婦です、みたいな仮面を纏い、凛の乗るサイベックスのベビーカーを携え、武蔵小杉駅の改札で結菜ちゃんママを待った。


「凜ちゃん」


 カジュアルなワンピースを着た結菜ちゃんママがベビーカーを押しながら改札から出てきた。


「いらっしゃい」


 私の家でもホームタウンでもないのに、主みたいな口調で言った。

 まずは、駅の近くのショッピングビルへ案内する。屋上の芝生や遊具のある庭園を散歩して、おむつ替えのためにベビールームに案内した。そのまま、予約していたレストランへと向かった。


「ムサコってすごいね」


 料理を注文すると、結菜ちゃんママは目を輝かせながら言った。


「子供向けの施設が充実していていいね。子育てしやすそうだし、暮らしやすそう。私も住みたくなっちゃった」


 私の地元でもないのに、なぜか誇らしい気持ちになって、尊大に頷いた。

 料理が到着すると、子供たちに離乳食を食べさせながら食べた。本当は会話も楽しみたかったけど、子供の介助をして食事を食べて会話をして…というマルチタスクは難しい。どうしても会話は、一言二言で終わるような話ばかりになる。食事を終え、食後のドリンクを飲むと、ようやくスマートフォンを見る余裕もできた。


「あ、芽衣ちゃんママ、ついに移住の日が決まったのね」


 笑茉ちゃんママから、お別れ会のお誘いが来ていた。メッセージに出発前にお別れ会をします、と書かれていた。


「あの子たちは、ハーフママ会もしているから仲良しよね」


 結菜ちゃんママもスマートフォンを見ながら言う。ハーフベビーを持つママたちは、定期的にハーフママ会なるものを開催しているらしく、会の様子をインスタグラムに投稿している。


「芽衣ちゃんは、ハーフって感じじゃないのにね」


 思いがけない結菜ちゃんママの言葉に、思わずスマートフォンから顔を上げた。目が合うと、芽衣ちゃんママは真顔で、そう思わない?ハーフっていうのとは少し違うなって、と言った。


「思った!ハーフだと、金髪とか青い目とかそういう感じだよね」


 今まで私がもやもやと胸の内に抱えていたことを言語化してもらえたのが嬉しくて、つい食い気味に言ってしまった。


「なんかグレーって感じよね。一応ハーフなのだけどさ」

「わかる。ちょっと違うよね」

「そういえば、知っている?咲良ちゃんママがシングルなのって、相手の親御さんが反対したかららしいよ」

「そうなの?」


 初耳だ。


「どうやら相手の方がイギリスではいいお家柄の方らしくて、ご両親が大反対されたのよ。ほら、咲良ちゃんのお母さまって元々銀座でホステスされていたのをパトロンにお金を出してもらって小料理屋さんをされて…咲良ちゃんママも大学生の時にキャバクラでバイトしていたし」

「咲良ちゃんママ、キャバ嬢だったの?」


 コミュニケーション能力の高さは、キャバクラの接客で培ったものなのか。


「そうそう。モデルって言っても、アゲハとかギャル系雑誌。今はベンチャーの広報をしているから、見た目は抑えているけど」

「ベンチャー?」

「知らない?HPにも出ているよ」


 ほら、と結菜ちゃんママがスマートフォンの画面を見せてくれた。少し名の知れたベンチャーのHPには、確かに咲良ちゃんママが写っていた。


「笑茉ちゃんママみたいにVERYに載っていたわけじゃないのね」

「笑茉ちゃんママ、よく雑誌載っているよね。一般職でも商社って書けるのはいいわよね」

「笑茉ちゃんママ、一般職なの?」


 職種までは聞いたことがないが、てっきり総合職でバリバリ仕事をしているのかと思っていた。


「そうよ。一般職で事務だから転勤もないって言っていたわよ」

「そうなの?全然知らなかった。お家も豪華なところに住んでいるし、てっきり夫婦でバリバリお仕事されているのかと…」

「お家は、笑茉ちゃんママのご実家に援助してもらっているみたいよ」

「ああ、ご実家は、確か会社を経営されているよね」


 結菜ちゃんママのリサーチ力はすごい。知らなかった情報がどんどん出てくる。正直、今までのママ会よりも今が一番楽しい。


「笑茉ちゃんママのご実家が所有している建物に住まわせてもらっているのよ。笑茉ちゃんママはずっと青山だから、ご両親のお近くに住みたいらしくて」

「すごいね…特権階級って感じ」


 青山の高層マンションの一室をポンとくれる両親なんて、世の中にどれほどいるのだろうか。

口から毒が零れ出てしまう。

 世間一般では、美人は性格悪いと思われているけど、そんなことはない。笑茉ちゃんママくらいの上の上の美人は、小さい時から持て囃され蝶よ花よと育てられているから、性格がまっすぐだ。悪口を言っているところを見たことがない。逆に、結菜ちゃんママや私くらいの普通よりちょっとかわいいかなくらいの子が、一番性格が悪い。いつも笑茉ちゃんママみたいな特上の美人と比較され、自分でも周囲と比べて上か下かと比べている。だから、自分より劣っている部分や粗を探して貶して同調しようとする。


「いいわよね、働かなくても暮らしていけるのは」


 私からしたら、結菜ちゃんママもそちら側の人間だ。旦那さんがクリニックをいくつも経営していて、お金に困っていなくて、と思ったけど、言葉にはできなかった。

結菜ちゃんママに合わせて、他のママの噂話を続ける。今この場にいないママの話をする結菜ちゃんママと私は、妙な一体感と高揚感に見舞われる。


「そういえば、こういうサイトがあるの知っている?」


 一通り噂話が終わると、結菜ちゃんママがスマートフォンの画面を見せてきた。どうやら5ちゃんねるというサイトの中に、インスタグラムのベビーママアカウントについて話題にしている掲示板があるようだ。結菜ちゃんママがスイスイっとスマートフォンを操作しながら「結構他のママたちのこと書かれているのよ」と見せてくれた。私は結菜ちゃんママのスマートフォンの画面を見る。


『エマちゃんママ、また自己満投稿w』

『SNSで顔出しで発信しまくって、旦那恥ずかしくないのかな』

『なんか高級品アピールしているのが品がなくて笑』

『毎日ブランド品まで見せたがりなの見え見えだよねwすごい下品』


 私は驚いて、結菜ちゃんママの顔を見た。


「え、こんなのあるの…?」

「リンク送ろうか?」

「ほしいな」


 私のことも書かれているのだろうか。

一抹の不安を覚える。私の気持ちを察したのか、結菜ちゃんママが「今のところ、書かれているのは笑茉ちゃんと咲良ちゃんだけで、私たちのことはないよ」と言ってくれた。結菜ちゃんママの言葉に胸を撫でおろす。

 一定数フォロワーがいる人だけ叩かれているのかな。それとも目立つママがいる子だけ?

疑問が次から次に湧き出てくる。

 結菜ちゃんママがぽつりと、だから私鍵かけようと思って、と言った。驚いて、え?と聞き返すと、結菜ちゃんママが話しだした。


「うちは小学校受験をする予定だし、来月から結菜もベビースイミングとか習い事をして…もう少ししたら受験対策のお教室にも通うし、忙しくなるのね。写真も今までみたいに頻繁に投稿するのは難しくなるし、お受験するのに差し障りがあったら嫌だから…SNSにも鍵をかけようと思っているの」


 事実上の引退宣言か。鍵をかけるということは、非公開のアカウントにすること。写真を見ることができる人はフォロワーに限られ、多くの人に見てもらえる機会はなくなる。


「そうなんだ、寂しくなるな」


 心にもないことを言った。ステップファミリーという捨て身の内容で投稿しても、凛のフォロワー数にすら及ばないなら、早々に撤退した方がいいに決まっている。負け犬の遠吠えくらいにしか感じない。


「私も寂しいよ。だから、迷ったのだけど、アカウントは削除せずに残して、皆と繋がっていようと思ったの。鍵はかけちゃうけど、これからも仲良くしてほしいな」

「うん、ぜひこれからも仲良くしてね」


 世界に公開して発信し続ける勇気もないのに、仲間には入れてほしいなんて、どれほどあさましいのだろうか。こちらは、自分の身を削って、世界に向けてキラキラした日常を装うとしているのに。

 結菜ちゃんが「あーんあーん」とぐずりはじめた。結菜ちゃんママは結菜ちゃんを抱っこしてあやそうとする。結菜ちゃんに呼応するように、凜もぐずり始めた。

 二人で顔を見合わせて、慌ただしくお会計を済ませて店を出た。結菜ちゃんも凜も眠かったようで、ベビーカーに乗せて歩いているうちにウトウトし始めた。なんとなくお開きムードになり、結菜ちゃん達を改札まで見送ると、凛と私も家路についた。




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