エピローグ〜誕生〜
分娩室の無機質で清潔な部屋に、赤ちゃんの生命力溢れる泣き声が響いた。
「おめでとうございます。女の子ですよ」
分娩台の横の手すりを握りしめすぎて感覚がない私の手を、夫の悠人がぎゅっと握りしめてくれた。助産師さんの腕越しに見える赤ちゃんはとてもとても小さくて、顔はくちゃくちゃで、目も開いていなくて…だけど顔を真っ赤にして必死に声をあげる姿は確実に自分の存在を知らせている。
ついさっきまで私のお腹の中に、こんなにもかわいくて尊い小さな生き物がいたなんて信じられない。早く抱きしめたい。
「まだ胎盤が残っているので掻き出しますね」
お医者さんが事務的に言うと、私の股に手を入れ血の塊を掻き出す。そのまま割けてしまった股を縫われる。
赤ちゃんから目を離すことができない。自分の痛みは二の次で、赤ちゃんの様子が気になってしまう。
処置をされている私の横で、お医者さんと助産師さんが手際よく赤ちゃんの大きさや健康状態をチェックしている。
「49.8cm、2,985gです。抱っこしますか?」
カンガルーケアを希望していたので「お願いします」と言った。助産師さんが、タオルでくるんだ赤ちゃんをそっと私に渡してくれた。
胸に抱いた瞬間、自然と笑みが零れた。赤ちゃんは、すごく温かくて、重かった。私が抱っこすると、安心したのか、心なしか少し泣き声が小さくなった。
「お写真をお撮りしますよ」
助産師さんにスマートフォンを渡して、悠人と赤ちゃん、私の三人の写真を撮ってもらう。
「それでは、これから赤ちゃんは新生児室でお預かりしますね」
助産師さんはそう言うと、赤ちゃんを連れて行ってしまった。分娩室は悠人と私だけになり、静寂が訪れた。
「麻美、本当にお疲れ様」
悠人の目の端にうっすらと涙が滲んでいる。
「悠人も、支えてくれてありがとう」
陣痛中は見当違いな場所を摩るし、お茶を取ってとお願いしたのにタオルを取るし、やる気だけが空回りする悠人にイライラしたが、出産が終わった今、日々を振り返って愛しさがこみあげてきた。
悠人は優しい人だ。
私が悪阻で苦しんでいた時、夜11時に「今ならメロンパンが食べられるかも」と言うと、急いでコンビニまで走って買ってきてくれた。今日も仕事を休んで付き添ってくれている。
「名前どうしようか…」
今まで、名前について何度も二人で話し合った。候補を三つまで絞り込んだが、一生のことだから…と二人とも慎重になり、今の今まで決めかねている。
「私ね…名前は凛がいい」
私が悠人の顔を見ながら言うと、悠人は「だよな?俺も顔を見た瞬間、凛がぴったりだなって思った」と笑った。
「あの子には、凛とした素敵な女の子になってほしい。顔を見た瞬間、そう思ったの」