エピローグ
湿気を含んだ夏の陽光の降り注ぐ田畑に、麦わら帽子姿の美青年。
トマトにきゅうり、ナスにししとう。
今日もカゴは満杯だ。
一年前、私たちは田舎に畑と一軒家を買った。
いきなり田舎で暮らすのは、なかなかご近所付き合いが大変と聞くが、今や慎二はここら一帯の人気者だ。
畑の知識が豊富だし、若いので力仕事も出来る。この辺りはお年寄りが多く高齢化が進んでいて、私たちが引っ越した時は意外にも大歓迎された。手伝いを頼まれることもしょっちゅうだ。
慎二はそういうことに嫌な顔一つせず、精一杯手伝う。そんなところを気に入られて、私たちはお百姓さんたちに受け入れられている。
一軒家は、元々建っていたものを大幅にリフォームした。前に住んでいた家を売ったお金でお釣りがきたので、家は私名義だ。
そして私たちは、家と畑を買った直後に籍を入れた。婚姻届の証人は町長さん夫妻にお願いした。
農協にも加入して、畑で採れた野菜はそこで売りに出す。
慎二は近々ビニールハウスで果物の栽培も始めたいと意気込んでいる。
私はというと、画家の仕事はもちろん続けているのだが、作風を少し替え、田園風景を主に描くようになった。そこに慎二の姿を足して。
失くしていた私の人生のパズルのピースは、慎二という人間によって埋められたように――――。
担当がアトリエに来た時に、置いてあった慎二との出会いの絵を見て、『これは売りに出すべき』と言った。私はその絵を売りに出すつもりはなかったから、代わりに田園風景に佇む慎二を描いたら、それが一部のファンに受け、注文が入ったのがきっかけだ。
そんな感じで、私たちは新しい生活を充実させている。
天涯孤独だった私は、家族というものを持つことが出来た。
これから先何があっても、私は慎二を守るだろう。慎二は私の人生を照らす光だから。
「操さん、見て」
大きくて不格好なきゅうりを片手に、慎二が嬉しそうに走って来る。
「この子俺みたいで、なんか親近感湧く」
「そう? 慎二はもっと綺麗だと思うけど」
「そんなことないよ。俺みたいだから、操さんが食べて」
「え?」
「いつもみたいに」
……。
慎二は最近少し大胆になった。
出会った頃は自信がない感じだったけど、畑を始めてから生き生きとして、堂々と話すようになった。
慎二にとって、畑は大切なものだったのだ。
慎二の大切なものと、私の大切な慎二。
その二つが揃って一つの作品になる。
私は今、究極の幸福を手に入れている――――。