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第七話 硬いパン。

 龍神信者はかつて自分が過ごしていた土地に戻ることにした。龍神信者にとって、彼の故郷はただただ生まれ育った土地、という印象はないし対して愛着もないと感じている。まあ、過去にいろいろあったのだ。もっとも龍神信者は過去を詳しく覚えているわけではないが。


 ――別に、他のところで暮らせないわけではないだろう。今は世界は混乱のさなかにある、きっと魔物の討伐者も需要がある。その後、安定してきたら軍にでも入ればいい。戻るのは、ただよく見知った慣れている土地だから、それだけだったはずだ。


 ネイドを走らせ、空を目印に故郷への道をたどる。こうやって見てみると、世界がすべて吐き出されたわけではなさそうだ。おおよそ……四割くらいだろうか? 龍神信者は自身の教会も戻っているのか不安を覚えた。じっとりとした焦燥感を抱えながら、更にネイドを走らせた。


 腹が減ったので、通りがかった街に寄った。通貨は、街などが戻らなかったところになぜだか落ちていたものを使うことにした。人あるいは家だけ戻らなかったんだろう、十字架を切りながら拾ったのを覚えている。


 世界が復活した、とは言っても、その六割は龍神の腹の中だ。今大急ぎでインフラやらを整備するのに大変なんだろう、大体の店が閉まっていて、その代わり出店がちらほらとあった。龍神信者に味のこだわりはないし、とりあえず一番近くの出店に並ぶことにした。


 その出店が売っていたのは小ぶりなパンのようなものだった。硬いので、日がたっているのかもしれない。もともと硬いものかもしれないが。無事それを購入しその場を去ろうとして……。


「あ、ちょっとあなた!」


 と声を掛けられた。それは出店の店主のものだった。


「……なんですか」


 龍神信者は不満丸出しの表情で、店主の方に振り返るとぶっきらぼうにそう言い放った。


「あなた、教会の人でしょう? きっと大変だろうと思って、ね、これ受けとって!」


 そう、店主は袋を押し付けてきた。どうやら、そこには食料が入っているらしかった。出店で売っている硬いパンも入っていた。龍神信者は一瞬驚いてそれをうっかり受け取ってしまった。


「だ、大丈夫だ! それに俺は何も……」


 受け取ってから一拍置いて、袋を店主に返そうと声を掛けようとしたが、人波に飲み込まれみるみるうちに店主と龍神信者の距離が開いてしまった。


 龍神信者の心にあったのは、何もしていないのに食料品を受け取ってしまった罪悪感ではなく、何の代金を求めないでこれを差し出してきた店主への果てしない疑問だった。


 龍神信者はあのとき……大丈夫だ、それに俺は何も差し出せない……そう言おうとしていた。


 龍神信者はとりあえず、買ったパンだけを食べて、貰ったものは放っておく事にした。食べて良いのかよく分からなかったからだ。


 その街を離れ、その後もしばらく移動した。生憎その街から他の街までが中々遠く、ある程度食料を買っておいたはずが、到着する前に無くなってしまった。しかも魔物も人のいる方に吸い寄せられるのか、視界内にはネイドを除いた生き物が居ない。


 ネイドを締める訳には行かない。龍神信者の飢えは限界を迎えていた。何か食料は無いか……いや、ある。あの時店主から貰ったものだ。パッと見た感じまだ腐っていない。


 本当にこれを口にしていい物か少し悩んだがやはり欲には逆らえず、大分硬くなったパンを頬張った。ゴリゴリと音を立てながら咀嚼し、喉に詰まらないよう水を飲みながら嚥下した。


「……うまいな」


 龍神信者はそれだけ呟いた。

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