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絵画鑑定士は謎解きがお好き  作者: 安井優


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35.『呪いの絵画』 作者不明

 鑑定依頼を終えてから一か月。


「おや、松葉ちゃん。ずいぶんとまたイメチェンしたねえ」


 美容室から戻ってきた松葉に店主が声をかけた。


 相変わらず、アトリエを訪れる客は多くない。そのせいか、午前中から休みをもらっていた松葉を責めるでもなく、店主は筆を止めてキャンバスから視線をはずす。観察するような彼の視線に、松葉は絵画のモデルにでもなった気分だった。


「うんうん、黒髪もよく似合ってるよ」

「ありがとうございます」


 今日の夜は父と久しぶりに晩ご飯へ行くことになっている。どうせなら髪形を変えて、父と会いたかった。


 松葉は耳下にそろえられたショートボブに触れる。つい今朝まではそこにゆるくウェーブした赤髪があったはずなのに、それがなくて少し落ち着かない。


「ああ、そうだ」


 荷物を置きに二階へあがろうとする松葉の背に声がかかる。松葉が足を止めると、


「松葉ちゃん宛に電話があったよ」


 と店主はアトリエに備え付けられた電話の上、大きなコルクボードを指さした。


 ボードにはメモ用紙が貼られている。メモ用紙に書かれた名前を読みあげ、松葉は思わず顔をしかめた。


「なんで教授から……」


 呟いて、まさかと絶句する。


 教授から「協力金を楽しみにしている」と言われていたような気がする。しかも、鑑定結果を教授に伝え忘れていた。というよりも、教授のことは考えないようにしていたのだ。


 松葉は内心で苦虫をかみつぶして


「あとでかけなおしておきます」


 と店主には作り笑いを見せる。


 先日、珠子と噂話をしたせいだろうか。特に教授は地獄耳だ。悪口でも言おうものならすぐに飛んでくるだろう。京都と鎌倉。どれだけ離れていても、彼の中の第六感がアラームを鳴らすのかもしれない。


 松葉は荷物を自室に置いて、アトリエへと戻る。重い足取りは電話のせいだ。


 コーヒーを一杯いれてからにしようか。


「店長、コーヒー飲みます?」

「ああ、そうだね。いただこうかな。電話はいいのかい」

「あとで! かけなおします!」


 嫌なことをつい後回しにしてしまいがちな松葉の癖が出たと思っているのだろう。店主はほっほっと笑い、再びキャンバスへ向かい合った。


 真剣な面持ちでキャンバスに筆を走らせる店主の邪魔をしないようお湯を沸かし、できるだけゆっくりとコーヒーをいれる。


 だが、それも存外あっという間で、店主の脇へマグカップを置いた松葉は覚悟を決めるように息をはき出した。


 窓から外をのぞいても人の気配はなく、アトリエに訪れる客も期待できなかった。


 つまり、電話をかけなおす以外に松葉ができる仕事はもうない。


「……仕方ない」


 松葉は決心して、受話器を持ちあげる。コルクボードからメモ用紙をはがし、教授の電話番号をプッシュする。店主が昔から使っていたという古い電話は安っぽい着信音を鳴らし、やがて、教授の電話につながってしまった。


「もしもし?」

「ああ、君か。金もないのによう休めるなあ。もっと働いたほうがええんちゃうか」


 開口一番、嫌味な教授に松葉のテンションがさがる。


 珠子さんに紹介しなくて正解だった。


「すみませんね、お休みをいただいてまして」


 松葉が心にもない謝罪を述べると、教授はそれをハンと鼻で笑い飛ばす。やっぱり嫌な人。


「それで? 教授のようなお忙しい方がわざわざ私に電話なんて、何かあったんですか」

「協力金は」

「電話、切りますよ」

「何やそれ、せっかく手伝ったっちゅうのに。もう次から手伝ったらへんで」

「……いくらですか」

「現金なやつ。ま、素直なところは褒めたるわ。その素直さに免じて、一個、頼みごとでも聞いてくれたらチャラにしたってもええわ」


 もったいぶるような教授の口調に、今すぐにでも電話を切ってしまいたい衝動を無理やり抑え込む。


 本当にどこまでもしゃくに障る男だ。正直、協力金を払ってすむならそのほうが松葉には都合がよかった。教授の頼みごとのほうが厄介に決まっているのだから。


「な、ええ話やろ? 俺は優しいからなあ。本来やったら、たんまり協力金をもらうところを、今ならなんと! 頼みごとひとつ!」


 どこかのテレビショッピングのような話しぶりに、松葉は空いた手で額を押さえる。


「ちなみに、頼みごとって?」

「おお、聞いてくれるか」

「聞くだけですよ」

「まあ、そうつれないこと言うなや。君にとってもええ話やし、鑑定士としてもおもろい仕事やと思うねんけどな」


 鑑定士としておもしろい仕事。そのひと言に松葉はピクリと耳を動かす。


「鑑定ですか?」


 教授のもとに何か絵が持ち込まれたということだろうか。ただ、それならば教授ひとりで充分なはず。わざわざ松葉が手伝う必要はない。ということは、少し厄介な内容か。


 だが、魔除けの絵画なるものを鑑定した今の松葉には怖いものなしだ。


「まあ、そうやな。鑑定だけじゃなくて、修復も依頼されてんねん。だから、君にぴったり。もちろん、ちゃんと金も払う。鑑定料と修復料は別でな。俺は優しいからなあ」


 松葉は絵画修復の授業で好成績をおさめている。鑑定だけでなく、修復までできる。好きなことをして、普段以上の金も出る。たしかに好条件だ。


「……ちなみに、具体的な内容は?」


 納期が鬼のように短いとか、はたまた修復があまりにも難しいとか?


 松葉が尋ねると、教授はからりと答えた。


「呪いの絵画やと」


 魔除けの絵画の次は、呪いの絵画。


 松葉が大きくため息をつくと、電話向こうから教授の悪魔的笑い声が聞こえる。


「ほんなら、来月の中旬からよろしく。東京の芸大の先生からの頼みでなあ。俺もさすがにお世話になってる手前、断れんでどうしようかと思っとったところやってん。相手には俺から言うといたるわ。いやあ、助かるなあ。ほんならまたメールするわ」


 松葉にひと言も喋らせないマシンガントークを繰り広げると、はかったように電話が切れた。


 松葉が「はあ⁉」と声をあげるもむなしく、電話はツーツーと音を響かせるだけ。



 美しく桜の舞い散る春。


 この電話がきっかけで、松葉のもとに不思議ないわくつき絵画――もとい『呪いの絵画』を持った男がやってくることになるのだが……。


 もちろん、松葉は、そんな未来などまだ知る由もなかった。


 最後までお手に取ってくださった皆さま、ありがとうございました。

 続きがありそうな雰囲気ですが……このお話はこれにておしまいです。

 松葉はこれからも、ちょっと不思議な絵画の鑑定や修復を鎌倉のアトリエで続けていくことでしょう……。

 そんな松葉を時々ふと思い出していただけましたら、これ以上幸せなことはありません。

 絵画と松葉の長旅にお付き合いくださりまして、本当にありがとうございました!


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