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絵画鑑定士は謎解きがお好き  作者: 安井優


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17/35

17.『灰色の天候のグランド・ジャット』 ジョルジュ・スーラ

 昨晩も教授に付き合わされ、二日酔いで迎えた日曜日の朝。


 松葉のスマートフォンが着信音を響かせた。


「鑑定を依頼してる絵ですけど、父に聞いたらいろいろわかったんで電話しました」


 依頼主である青年、歌川芳樹の言葉に松葉はあわててメモを取り出す。


 約束の時間になっても現れない教授を待ち、鍵のかかった彼の研究室前で座り込んでいた松葉の不満を帳消しにする朗報の予感。


「ちょっと長くなるんですけど、今って電話しても大丈夫ですか?」

「もちろんです!」


 電話越しに松葉の興奮を感じたのだろう。芳樹がふっと笑みをこぼした声が聞こえた。


「まず、あの絵を手に入れたのは父の祖父……だから、僕の曽祖父らしいです。昔、僕の家は海外雑貨の輸入販売をしてたんですけど、雑貨と一緒に買ってきたみたいで」

「ちなみに、絵画を購入された場所ってわかりますか」


 芳樹も、今の松葉と同様、父の話を聞きながらメモを取ったのだろう。スピーカー越しにカタカタとスマートフォンを操作するような音が聞こえた。


「オランダ、ですね」


 鑑定どおり!


 松葉は小さくガッツポーズした。来歴ほど絵画の鑑定に役立つ指標はない。


「ちなみに、オランダのどちらで? アトリエや画廊の名前はわかりますか?」

「さあ、そこまでは」


 さすがにそう易々と画家までは特定させてもらえないらしい。カルド・ワイズマンは謎多き男だ。


「他には何かありませんか?」


 松葉が急かすように尋ねると、「あとは……」と再び画面をこすった音が響く。


「あ、曽祖父が絵を買ったのは昭和四十年らしいです」

「昭和四十年?」


 想像していたよりも最近だ。昨日断定した絵画の制作年から遠くかけ離れている。


「それは帳簿か何かで?」

「そういうのじゃないんですけど、間違いないらしいですよ。絵を購入した次の年に、曽祖父が亡くなったらしくて。父が言うには、曽祖父が亡くなったのが昭和四十一年だから間違いようがないと」


 つまり、曽祖父の形見としてカルド・ワイズマンの肖像は受け継がれたわけだ。


「これって、最近の絵ってことになるんですか?」


 疑いと不安の混ざった芳樹の質問に、松葉は「いいえ」と食い気味に答えた。


「ちょうど昨日、絵画の制作年を調査しました。カルド・ワイズマンの肖像は十九世紀以前のもので間違いありません」

「そうなんですか⁉」

「絵の具の成分や画風、キャンバスやフレームの経年劣化から見ても二百年は前のものですよ」


 松葉の断言は依頼主にとって何よりの安心材料となったらしい。彼はそれ以上の言及をやめ、「よかった」とひと言呟く。安堵の色が見える息づかいだった。


 すっかり安心しきった芳樹は「最後にもうひとつ」と快活な口調で話を切りだす。


「魔除けの力についてなんですけど」


 この肖像の見えるままを分析していた松葉は、そうだった、と頭を抱える。すっかり謎を解いた気になっていたが、カルド・ワイズマン最大の謎はまったく解けていないではないか。


 一体どんなことがわかったのか。松葉は胸を高鳴らせて話の続きを待つ。


 だが、


「実は、これについてはほとんどわからなくて」


 芳樹はあっさりと言い放った。


「とにかく、曽祖父が絵を買ってきたときにはそんな話をしていたらしいんです。父も祖父から教えられて、魔除けの力があるって信じてるみたいなんですけど。なんで信じてるのか聞いてもはぐらかされちゃって」


 松葉は依頼主にばれぬよう落胆し、平静を装って「そうですか」と相槌をひとつ。


「大したことじゃないって言ってたんですけど……」


 芳樹自身も腑に落ちていないようだ。長いため息をついた彼は


「すみません。とにかく、そんなところで」


 と電話を切りあげた。


 松葉もひとまず聞きたい話は聞けた。お礼の言葉とともに電話を切る。


 瞬間、松葉の前にゴツゴツとした手が現れた。


「ひっ⁉」

「教授に挨拶もなしで、指輪の彼と電話かいな」


 電話に――正しくは、肖像画の話に夢中になっていた松葉は、教授が来たことにはすっかり気づいていなかった。


 二日酔いか、はたまた松葉の態度が気に食わなかったのか。教授はあからさまに不機嫌だ。彼の中で、自身が遅刻をしたことはなかったことになっているらしい。


「やる気あるんか?」

「教授こそ。大遅刻ですけど」

「俺はええの。君は仕事やろ」

「何ですか、その言い方。教授がこなきゃ、分析室の鍵だって開けられないんですから仕方ないじゃないですか。それに」


 電話の相手は依頼主だ。言いかけた途端、松葉の口は教授の大きな手でふさがれる。


「ああ、もう、わかった。朝からうるさいなあ。はいはい、さっさと仕事するで」


 教授は研究室の扉を開けると、昨日置いたままにしていた肖像画を持ちあげる。松葉へあてつけるかのごとくせかせかと足を動かして分析室へと向かう教授の背に


「なんなのよ、もう!」


 松葉は理不尽だと怒りをぶつける以外なかった。

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