ドブネズミのスワンソング20
そしてその感想は、決して俺のだけのものではないようだ。
鏡写しに、俺と向かい合っている連中も同様の思いを抱いていたのだろう。
「……まだ何かあるのか?同志ラド」
その問いかけには面倒そうな様子と、不審がる様子とが混ざり合っていた。
だが、今更連中を安心させてやる必要なんてない。
もうそこまでしてこいつらに対して恥ずかしくない行動なんて必要ない。
俺だってこいつらが理解できないのだ。こいつらがそうであるのと同じぐらいに。
「……じゃあ、俺がここに来るまでの間に聞いた声は?」
「何の話だ」
「フィーナ様の結婚に賛成する人間だっていた。まだいるはずだ。ここに来る途中の酒場で酒を飲んでいた。そいつらも、敵だっていうのか?同じ下層の人間なのに?」
お前たちは決して全ての下層民の代表ではない。
お前たちの結論に納得しない者だっている。
たったそれだけのことに、連中は揃いも揃って始めて聞く外国語のような目で俺を見ている。
「どこに暮らしているか、そんな事は関係ない。大事なのは大義の側につくか、そうでないかだ」
「……何が大義だ」
もういい。もう充分だ。
こいつらには何も分かるまい。
「自分の思い通りにならなければ殺すのか!?下層の人間も!?フィーナ様も!!?何がフィーナ様を利権のために利用する連中を排除するだ!勝手な都合にフィーナ様を利用しているのはお前らだ!!」
「おいラド、お前いい加減に――」
クリムが凄み、それを兄貴が制する。
「同志ラド。自分が何を言っているのか分かっているな」
睨み返す俺を、兄貴は同じように睨みつけている。
曖昧な答えは許さないと、その眼光が無言で語っている。
俺の答えも無言、問いかけと同様の方式で=睨み返して応じる。
「分かった……ラド、お前も死ね」
それが全ての合図。
咄嗟に右手の路地まですっ飛ぶ。
それに一瞬だけ遅れて、俺が立っていた場所に巨大な矢が飛び抜けていく。
「何をしているお前たち!裏切り者だ!」
そしてその矢が外れるのを見越したのと同時に響いた兄貴の、いや、キターキの叱咤する声。
浮足立ったようなクリム達が殺到する。
――こんな形で授かった能力を使う事になるとは思わなかった。
「来るなッ!」
袈裟懸けに自らの右手を振り下ろす。
その軌道に沿って現れる複数の赤い発光体が、駆け寄ってくる連中の足元やその手前の壁などに張り付き、すぐに閃光と衝撃に変わった。
「うわああっ!!?」
そしてそれらと共に発生した轟音に、連中の悲鳴が混じる。
更に腕をもう一振り。辺りにもう一度赤い蛍をばら撒いておく。
「誰も通さないぞ!死にたくなければ下がれ!!」
その言葉がきっかけになった――という訳ではないだろうが、煙の切れ目から蜘蛛の子を散らすように逃げていく連中の後ろ姿が見える。
そして、次弾装填を終えたキターキの姿も。
「くっ!」
そちらに向かってもう一振り。
今度は地面にばら撒かず、投げつけるように奴に向けて放つ。
「ッ!」
直後放たれたのは、彗星のように青白い尾を引いた一発。
その尾から枝分かれした光が、俺の赤い光に混じって炸裂する。
「くうっ!!」
全て相殺。直感的にそれを理解した途端、爆発の切れ目からキターキが飛び込んでくる。
その手には大型のハンティングナイフ。狙うのは俺しかいない。
「うおっ!?」
咄嗟に飛び下がる。
更にもう一歩、その勢いのまま距離をとって、再度光を放る。
次弾はまだ込められていない。あの青い光は矢と共に飛んでくるはずだ。
「ふん」
だが、予想は裏切られた。何もないクロスボウから、幾筋もの光が放たれたことで。
そしてその光が地面、壁、空中と、およそ奴と俺との間全てにばら撒いた俺の弾を尽く撃ち抜いたことで。
「くうっ!!」
奴は発射機さえあればあの光を放てる。
奴も能力者とは知らなかったが、とにかくこのままではまずい。
「驚いたなラド、お前も能力を持っていたか……」
その言葉に背を向けるように、俺は駆けだしていた。
俺の能力では接近戦は不利だ。だが、遠距離に離れたとしても奴の有利は変わらない。
「うわっ!!」
すぐ真横で光が炸裂する。
思わずバランスを崩して転び、その勢いで転がって距離をとる。
「ぐっ!!」
転んだ時に切ったのだろう足が痛みを発するが、それで止まる訳にはいかない。
「どうした?俺を止めるんじゃなかったのか?」
奴の進行方向を先導するように動いてしまっている。
だが、だからと言ってどうすればいいかは分からない。
当然だが、能力を使っての戦闘なんて初めてだし、そもそも子供のころ以来殴り合いの喧嘩だってしていないのだ。
「くぅっ……」
今は逃げるしかない。近距離でも遠距離でも奴の方が上手で、こちらの手はすべて封じられている。
「このっ……」
角を曲がり、建物の影から距離を詰めてくるキターキに向かってもう一度光をばら撒くが、結果は同じ。
奴のクロスボウから放たれる光は、俺のそれを瞬く間に一掃してしまう。
「諦めろ」
じわじわと、確実に奴との距離は近づいている。
あと少しで追いつかれる。
「作戦を妨害し、同じ同胞団の盟友に手を挙げた。お前は同胞団の恥だ。裏切り者め」
かちゃかちゃと音を立てているのが矢の装填の音だと気付いて、そしてその鏃が俺を串刺しにするところが容易に想像がついた瞬間、俺は一目散に走りだしていた。
(つづく)
投稿大変遅くなりまして申し訳ございません
今日はここまで
続きは明日に