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スキル・ディーラー ~次の人生お売りします~  作者: 九木圭人
ドブネズミのスワンソング
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ドブネズミのスワンソング19

 しかし、それで落ち着いたのか、すぐに俺の知るいつものジェルメに戻っていた。

 「いつもの調子に戻ったみたいだな」

 そう言うと、少しだけ驚いたような顔をして見せる。

 「……そうかもね」

 恐らく自分自身でも柄じゃないとは思っていたのだろう。ハッとしたようにそう言うと、少しだけ笑った。

 「それじゃ、私は戻るわね」

 「ああ。そうしてくれ。まだ護衛が終わった訳じゃない」

 フィーナさんの護衛を引き受けてはいるが、と言ってジェルメの方のそれを放棄した訳でもない。


 「それじゃ、ありがとうな」

 口の中の飴玉を転がしながら。

 「うん。それじゃ、頑張って」

 それだけ言い残して、彼女はひらりと身を翻し、来た道を戻っていく。

 この廊下が歌返しの儀式の真っ最中のフィーナさんの元まで伸びている。ここを抜かれれば後がない。

 「……」

 深呼吸を一つして気持ちを引き締める。

 吸い込んだ空気を口から吐き出し、それから幾分小さくなった飴玉を転がした。


 「お疲れ様です」

 ジェルメと入れ替わりのようにやって来たのはここの使用人だった。

 「お疲れ様です」

 彼女が照明の担当なのだろう、食堂に明かりをともしていくのを目で追う。

 既に外は暗くなってきていて、室内も彼女が明かりを灯したことで少しずつ暗闇が追い払われていく。


 と、ちょうど全ての明かりが灯ったところで、外の暗闇の中から僅かな叫び声や物音が連続して響いてきた。

 びくりとした使用人の女性が、俺と同時にそちらの方角を見る。

 ただの喧嘩や酔っ払いの騒ぎと言った様子ではないという事は、警備部隊だろう叫び声がその後に断続的に響いたことが物語っている。


 「あれはどこの音です?」

 「恐らく、上層街の入口の門だと思われます……」

 不安げに答える使用人の女性が、答えながらその音の方をじっと見ている。

 「……ここはもう大丈夫です。安全なところへ」

 「し、承知しました!失礼します」

 逃げるように去っていく女性。

 その状況でも一礼を忘れないのは、流石と言うべきか。


 「……来たか」

 彼女が部屋を辞してから、再度鯉口を切る。

 今度は勘違いではあるまい。




※   ※   ※




 遠くで音がする。

 喧騒と、いくつかの破裂音や衝突音。

 門前の陽動だ。始まってしまった。


 「待って……ッ、待てッ!!」

 その音に負けないように上下する胸からその声を絞り出す。

 ようやく兄貴が俺の存在に気付いて足を止めた時、俺はもう心臓が口から出そうな程に息が上がっていた。

 だが、ここで止まる訳にはいかない。

 集団の横を通り抜け、行く手を遮るように駆けこんでから正対する。


 「同志ラド……」

 先頭を進んでいた露払いが俺の顔をランタンで照らし出し、兄貴が低い声でそう絞り出す。

 その声に込められているのは、明らかな軽蔑の感情。

 「臆病者め、今更何をしに現れた」

 「ラド、お前……よく俺の前に顔を出せたな」

 兄貴とクリムが共にその感情を隠さない言葉を浴びせかけ、俺はその前でただひたすら体中に新鮮な空気を取り入れることに注力する。

 ――いや、駄目だ。しっかり伝えなければ。


 「待って……待ってくれ……」

 呼吸が発言の邪魔をする。

 何とかしてそれを更に遮って言葉を紡ぐのは至難の業ではあるが、幸いなことに連中はまだ俺を弾き飛ばして進むつもりはないようだった。


 「弁解でもしに来たのか?」

 「違う……違う……だ。……考え……直し……」

 「何だ?」

 苛立った声に催促され、俺はかなぐり捨てるように深呼吸して吐き出す。

 それから、直ちにもう一度吸い込んで、それから一気呵成に思いのたけをぶつけた。

 「フィーナ様を討つのはやめてくれ」

 それだけ言ったら、後は耳以外呼吸を整えるのに専念する。

 吸って、吐いて、吸って、吐いて。二度それを繰り返したところで、兄貴の声が静かに響いた。

 「……血迷ったか」

 軽蔑すら感じない、最早何の感情もないという声。


 「聞いてくれ……兄貴」

 ようやく落ち着いてきたところで、説得を試みる。

 「フィーナ様は筋を通した。歌巫からは潔く身を退かれる。それに……それに考えてみてください。もしフィーナ様を殺せば……上層は必ず報復に来る。あの城壁に据えられた兵器は知っているでしょう。あれで撃たれれば、下層は壊滅します」

 内心驚いていた。俺はここまで口が立つのかと。

 自分の考えていたことが、口の一歩手前ぐらいでちゃんと形になって紡ぎ出される。

 散々駆け回ったことで血の巡りが良くなったのかもしれない。


 「……まず」

 だが、返って来た声は、それまでと同様の冷たいものだった。

 「歌巫が筋を通したとか、通さぬとか、そういう話ではない。歌巫は人に戻るという。上層の、俺たちの敵に、だ。ならばどういう筋を通しても、それは敵になるという事だ」

 「……そういう事ならそれでいい。でも、報復はどうするんです?上層は黙っていないはずです。必ず報復が行われる。……分からないんですか?この町で戦争になると言っているんです!」

 「大義のために犠牲を恐れてはならない」

 言い終わる前に、語尾に被せるように返って来た言葉。

 耳を疑った。

 それがどういう意味なのか、分からない訳ではあるまい。


 「同志ラド、正義の遂行には常に痛みを伴う。だが、それを甘受してでも必要なことだ」

 耳を疑う事がもう一つ。

 その言葉に、周囲の取り巻き達=俺が子供のころからよく知る連中が揃って賛同しているという事。

 口々にそうだ、そうだと追従し、首を大きく縦に動かす。


 つまりこういう事だ。

 この下層の町を、そこで暮らす人々を、つまり俺たちの顔見知りを、客を、友人を、家族を、全て巻き添えにしてでも構わないという事だ。


 「……なんだよそれ」

 遠くに、安酒場の馬鹿笑いが響いている。

 楽しそうな、加減の効かない酔っ払い。

 「下層の民から離れ、上層におもねるのであれば、既に歌巫は町の象徴ではない。そのような存在は消去されるべきだ。下層の敵に、多くの町の人々の敵に回った以上、それを排除することが最大の意思表示だ」

 再び周囲が同意する。

 称賛し、賛同し、発奮する。


 まるで悪夢を見ている気分だった。

 こいつらは皆、俺のよく知る人間だ。

 だが同時に俺には、もうこいつらが俺の知る人間に見えなかった。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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