新世界へ8
彼女の死体は見つからなかった。
同行したパーティも消息を絶っていた。
その一報を受けてから、俺がまっとうな冒険者であることを辞めるのに、そう時間はかからなかった。
スカベンジャーと呼ばれるギルドの暗部。汚れ仕事の請負人。非合法な――しかし半ば黙認されている――依頼に手を染める者。腕はある、しかし人望も、本人の希望と倫理観もない人間にはうってつけ。
スカベンジャーはいい収入になった。
ゴロツキや犯罪者を半殺しにして町から放り出す。或いは逆に逃げた多重債務者を追いかけて連れ戻し、これまた反対に堅気の輸送業者に頼めないような荷物を運ぶ。
華やかで善良な成功者たちの後ろめたい部分をもみ消し、或いはそれをネタに強請った者の身を守る。
どこの世界にも非合法なところには金が流れ込む。
スカベンジャーの仕事がない時はギルド以外の日雇いにも手を出した。
特に気に入っていたのが屠殺補助だ。牧場に行って、豚や羊を屠殺免許を持った牧場主や羊飼いや業者の下に引いていき、彼らが専用のデカい刃物ですっと、その家畜たちの首を切って殺す瞬間に押さえておくのが仕事だった。
場合によってはその後の仕事=つまり、肉になったあとの部分に従事することもあった。
太い柱に通した鉄の梁から大きなフックで吊るされた死体から毛を毟ったり皮を剝いで肉塊にしたり、その肉塊から臓器を取り出したり血を洗い流したり。
そのどの工程も一度は経験した。給料は良いし、場合によって潰したばかりの新鮮な肉を食わせてくれたり、拳位の肉塊を手土産に持たせてくれたりする。それでも精神的、肉体的ハードさからやりたがる者は少ない穴場の仕事だ。
余談ながら、それでも市場に流れる肉が――質や種類を問わなければ――庶民の手に届く代物であることを考えるなら、中々この世界の流通は大したものだ。
「いっそのこと屠殺屋になったらどうだ。仕事には困らないぞ」
何度か訪れた顔見知りの牧場主からはそんな風に言われることもあった。
実際、自分でもなんで冒険者なんかにしがみついているのか分からなくなることはあった。不思議なもので、チンピラの頭をカチ割っている時よりも、もの言わぬ牛や豚や羊の屠殺の方が命を奪っているという実感とその命への畏敬を感じるものだった。
屠殺に必要な第一歩は奪う命への畏敬だ――ある羊飼いが言った言葉を信じるなら、確かに俺には屠殺の方が向いているのかもしれなかった。
そんな時だった。
スカベンジャーの仕事で、一人娘を孕ませて逃げた使用人の一物を持ってこいと言う、さる富豪の依頼をこなした帰り道のことだ。
胸嚢には半殺しにした使用人から切り取った災いの種と交換した金が入っていた。
それなりの宿に泊まることが出来そうな額だが、払うべき宿がない以上は仕方ない。使用人を捕らえた町に一泊しようにも、町民全員顔見知りのような田舎町だ。その使用人の血気盛んなお友達の訪問を受ける可能性が無きにしも非ずだったため、用心して町を出た。
最早慣れたものの野営。
ギルドの物販で冒険者向けに販売されているファリア式テントと呼ばれる簡易テントをヒップバックから取り出す。
胸嚢に収まらない荷物は腰のベルトに吊るすかヒップバックにしまうか、それ以上のものとなればバックパックの出番となる。
このファリア式と呼ばれるテントは、ヒップバック程度に収められる優れモノだ。勿論その分寝袋に毛が生えたような簡単なものというか、体を包まず周囲を覆うようにした寝袋ではあるのだが、雨露をしのいで野宿するのには十分と言える。
これまた慣れた着火。
魔石と呼ばれる、能力や魔術を使用できない者でも魔術を再現できる石を使えば着火剤要らずだった。
ぱちぱちと音を立てる炎に顔を照らされながら簡易テントに潜り込む。
近づいてくる足音と声にうとうとしていた意識が覚醒したのは、それからすぐの事だった。
「……」
無言のまま音を立てずに得物を引き寄せ、そっと鯉口を切る。
足音は二つ。声も二つ。
今は焚火の周りを囲んでいる。
それからこちらに向き直る――薄目の向こうに見えている二人の男。
山賊。むき出しの斧と剣を握った二人にそう直感し、近寄って来るのを待つ。
「眠っていやがる」
「こいつをやって向こうを追いかけるぞ」
二人の声。どうやら俺以外にも犠牲者はいるらしい。
だが、行かせてなどやるものか。
剣の方が近づいてくる。刃こぼれだらけの粗末なファルシオンがこちらに向けられる。
テントごと切り捨てるつもりか――振りかぶった瞬間、俺も飛び起きて抜刀した。
「!!」
テントから飛び出して、奴の斬撃を下から迎え撃つ。
自分の右肘から先が明後日の方向に吹き飛んだ事に気づくまでもなく、ターゲットが体ごとぶつかってきたことで奴がひっくり返る。
「わっ」
声を上げたのはもう一人だ。
だがこいつは相方よりも判断が早い。
倒れている相方をあっさり見捨てると、斧を放り捨てて一目散に駆けだしていた。
「ふん……」
まあいい、追いかけても何にもならないだろう。
そう思って倒れている相手に目と切っ先を向ける。肘を失った右腕の断面から噴き出した血が辺りを染めていて、その血を浴びている山賊の男のか細い呼吸だけが焚火の燃える音に混じっていた。
躊躇せずその首に突き下ろす。
びくり、と一度だけ奴の体が跳ねて直ぐに動かなくなった。
「ちっ……気に入っていたんだが」
血振りをしてからねぐらの方に目を向けると、テントには大きく穴が開いていた。
ここで捨てていくしかないが、命の方が大切だ。
「仕方ないか」
刀身にこびりついている血をテントで拭ってから腰に収める。一人は逃げ、連中の話によれば近くに仲間がいる。それなら、こちらに増援が来るより前に脱出する方がよい。
胸嚢をテント内から引っ張り出すと、そこに収めていた夜目を利かせる薬を取り出して、その山羊の糞のような丸薬を一つ口に突っ込んで嚙み砕く。
魔術薬といって、この世界に伝わる魔術を込めたこうした薬は、通常のそれよりも確実で即効性もある。
周囲の闇を見渡せるようになったことを確かめてから焚火を吹き消し、今しがたの戦いで大きく穴の開いたファリア式テントの方を振り返る。
丁度その時、闇の向こうから複数の声が聞こえてきた。
(つづく)