ドブネズミのスワンソング14
その説明を聞き終えてから、ジェルメがぼそりと返す。
「分かりました」
それからしばしの沈黙。
不意に、先程とは反対に彼女が俺を見た。
「何か質問は?」
実働は恐らく俺とシラ。
二人が失敗すれば異国の地で内戦が勃発。
冒険者二人の肩には重すぎる――とは言わないでおく。
言わないでおくが、心の中にそれを置いておく。提示された依頼を受けるか断るか、その最終決定権は俺にある――もしジェルメが何か言っても、それを貫くつもりだ。
「守るとは、具体的にどうやって?そのプランはありますか?」
言われた通り質問させてもらう。
屋敷の中で巡回せよという事か、或いは外に出て屋敷に人を近づかせるなという事か、またはフィーナさんに密着して儀式の間も付き添えという事か。
「この屋敷の中で待機、賊が入り込んだ場合の最後の砦となって頂きます」
「では、その相手の数と装備は?」
「装備までは分かりません。ただ、下層にいる知人の情報によれば最も襲撃に動く可能性が高い組織として『真のソブオル同胞団』を名乗る過激セクトを挙げており、彼等の規模と能力から、一人ないし数名の能力者による潜入の可能性が高いと思われます」
幾ら能力者とはいえ、強行突破するにはこちらの警備は厳重だ。恐らく――それがどういう手段によるものかは分からないが――警戒網をすり抜けられるタイプの能力者による潜入は確かに有効だろう。
そしてその迎撃に同様に能力者をもってあたるのは間違いではないと思われた。
「いかがでしょう?お引き受けくださいますか……?」
ヴィルヘルムさんがその言葉と共に視線をジェルメに向ける。
「ああ、えっと……」
その視線を向けられた当人は少し考え込むようにそう言って一拍置いた。
「私自身は能力者ではなく、この二人を雇っているだけです。特に彼の方は、マルケにある冒険者ギルドに所属している冒険者で、今回の旅に護衛として契約しているので、最終的に彼らの判断になります」
それから、その契約した冒険者に対して向き直り、この依頼への態度を決める。
「聞いての通り、あなたが引き受けるかどうかはお任せする。もし引き受けない場合、ここで契約満了という事にして、事前の協議通りの成功報酬を支払う」
それはつまり、彼女は少なくとも依頼を受けるという事。
そしてほぼ確実に、シラはそちらに従うという意味だ。同じ雇用関係と言っても、シラと俺のそれは異なる。
――多分、断ってしまうのが正解なのだろう。
「……こちら側の戦力は?」
ヴィルヘルムさんにもう一つだけ質問する。
「屋敷の護衛には上層街警備部隊……上層を専門に守っている私兵部隊ですが、その戦力が屋敷の外を固めます。他に屋敷内は使用人による警戒を実施しますが、能力者という意味では私一人です」
きっと、彼が虫を買ったのはこのためだったのだろう。
防御側は数で勝っているが、質で言えば襲撃者側に利がある。それを少しでも埋めるための苦肉の策といったところだ。
そこにシラが加わったとして二人、しかしヴィルヘルムさんの戦闘能力は未知数。
――やはり断るのが賢明だろう。護衛対象=ここまでの雇用主の許可も下りているのだ。
「……」
だが、どうしてもその最後の踏ん切りがつかない。
自分の肩にかかる責任が大きすぎるというのは分かっている。断りたいのもそれが理由だ。
だが、それと同時に引っかかっていることが一つ。
「二人は引き受けるつもりだよな?」
その確認をしておく。
「ええ。そのつもり……と言っても、実際に戦うのは私じゃなくてシラだけど」
「私はジェルメの助手ですから」
そうだ。ジェルメは残るつもりだ。
実際に彼女に出来ることがどれぐらいあるのかは分からない。恐らくシラを引き入れるために彼女の同意を得る必要があるということぐらいしか、ここでは存在価値がないだろう。
その事はきっと彼女も分かっている。そしてその上で、つまり自分の決定がシラの選択となることを理解した上で、彼女は引き受けることを決断した。
この二人がただの雇用関係にない事はこれまでの経験で分かっている。シラはジェルメを害そうとする者には一切容赦しないし、ジェルメもまた、ただの雇用関係とは思えない程シラの身を案じている。
そのジェルメが彼女を戦いに巻き込むかもしれない決断を下したのだ。それはつまり、もしジェルメが自分で戦う事が出来れば首を縦に振った可能性は高いという事。
一体何が彼女にそこまでの決断をさせたのか。
その理由を本人に問うてもけむに巻かれることは容易に想像できたが、同じぐらい容易さでその理由を想像することはできる。
先程一瞬見せた同情のような、安心するかのような表情。
つまり、この一件に何らかの個人的感情を持っている。
ただの野次馬根性かもしれない。もしかしたら、あの一瞬に見せた表情が俺の知る限り彼女が普段滅多にしないものだったから印象に残ったのかもしれない。
正直に言えば、なんとなくそこに庇護欲――相手はそんなものとかけ離れた存在であるという事は理解しながらも――に似た感情を覚えたのも事実だ。
こいつらを放っておいてはいけないという、よく分からない予感のようなものが、頭の片隅から声を上げ続けている。
どこをどうしたのか分からないが、目の前の油断ならない女を、ごく普通の年相応の女性のように思っている自分が確かに存在していた。
「……ここで断っても門が開かなければ外に出ることはできない」
もっとも、そんな事を気にする必要はなかった。
どの道、門があくまで町から出られないのだ。
――そういう事にしておこう。
「後は……下世話な話ですが報酬次第ですね」
その言葉を口にした時、既に頭は相場がもらえるなら受けざるを得ないという事を自覚していた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に