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スキル・ディーラー ~次の人生お売りします~  作者: 九木圭人
ドブネズミのスワンソング
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ドブネズミのスワンソング7

 橋は町の中央=上層部を支えている石垣の上まで真っすぐ伸びていて、そのたもとにはこれまた重厚なレンガ造りの門が設けられている。

 同じものをみたジェルメが一言を漏らした。

 「これはまた、随分厳重ですね」

 レンガを組み上げて作られた、巨大な壁のようなそこには太い鉄骨を格子状に組んだ落とし格子がぴたりと閉じられていて、その周囲には町の衛兵とは異なる装備を身に着けた番兵が配置されている。


 「停まってください」

 その番兵が馬車の軌道上に立って両手を振る。

 門の周囲には接近を防止する拒馬(移動可能な障害物)が設けられ、門の上には恐らく防衛用の兵器だろう、バリスタのような代物が据えられているが、今は幌が被せられていて全容は分からなくなっている。

 流石に紋章を掲げた上層の住民の馬車にそれらを向けるのは憚られるという事だろう。実際、番兵の態度も町の衛兵のそれよりかなり丁寧で、警備というより儀仗のような印象を受ける。

 そしてそれが、本当にこの馬車に描かれている家紋の威力なのだという事は、馬車が門をくぐり、ゲーテッドコミュニティのお手本のような石垣の内側に入った時に分かった。


 「武器を用意している……」

 振り返ったシラがそれに最初に気付き、言葉につられるように振り返った俺も同じものを見る。

 拒馬が門の前を塞ぐように移動し、門の上の幌を剥がしにかかった番兵たちの隙間から、バリスタ用の槍のような矢と、それさえ小さく見えるような本体とが見て取れる。


 ゲーテッドコミュニティの警備と言うよりも、前線基地のそれに近いような印象を受ける代物。もし現代の兵器がここにあったら、彼等は迷いなく機関銃や迫撃砲をハリネズミのように配置しているだろう。

 一体何者の侵入を想定しているのか、少なくともコソ泥やチンピラではないという事だけは明らかだった。




※   ※   ※




 石橋を見上げると、柏葉に獅子の、ベナティフ家の紋章を描いた立派な馬車が上層へ向かって走っていくところだった。

 俺が昨日の夜に有り金はたいて乗って来たような馬車とは比べ物にならない代物。

 恐らく乗っているのも、リエース家の者かその客人だ。俺のような下層街の人間には一生縁のない存在だ。


 「さて……」

 そんな事を思っていても仕方がない。

 例え大急ぎで戻って来た疲れが抜けないとしても、この仕事をしないことには食いつなげないのだ――縁のない方々と違って。

 夜明け前に仕込んだ焼石はまだ十分に熱を持っている。

 その上に金網を敷いた商売道具に、今日の商品を並べていく。

 まさにその時、聞きなれた声が俺を呼んだ。

 「よう。ラド」

 「ああ、久しぶり」

 顔を商売道具から上げずに答える。

 手のひらを金網にかざして熱の通り具合を確かめる。


 「戻ってきていたのか」

 「まあな。そうゆっくりもしていられないよ。俺やお前みたいなのはな、だろ?」

 そこで数日ぶりにそいつの顔を見た。

 クリム。子供の頃からの付き合いの煙草売りの男は、たすき掛けにした商売道具の詰まっている鞄から1シブ硬貨を2枚取り出した。

 「一個くれ」

 「まだ冷たいぜ」

 だが、そんな事は気にする奴ではない。

 俺に硬貨2枚を握らせると、まだぬるいルクチャを一つつまみ上げた。


 「ルクチャは冷めた奴の方が美味いんだ」

 そして、そんな場合の決まり文句を言いながら、奴はそれを頬張る。

 ルクチャ=小判型の揚げ焼きパンを売って生計を立てている俺からすれば商売あがったりの言葉だが、その意味するところはよく知っている。


 二束三文のルクチャですら、温め直すような時間も燃料も惜しむのが下層民の暮らしだ。

 俺が今使っているこの台車ですら、爺さんの代から使っている代物で、粗悪品の魔石を砕いたもので熱を起こして小石を加熱する骨董品だ。

 寒い時には家の唯一の暖房でもあるこれが壊れれば、新品に買い替える金にすら困る。


 石垣の下に生まれた者は、その時点でその人生が決定するのだ。


 「……さっきの馬車、見ただろ」

 冷めたルクチャを飲み込んだクリムの言葉に思考を中断。

 どの馬車の話をしているのかなど尋ねるまでも無かった。

 「……ああ」

 「いよいよだ」

 それだけ言うと、奴は最後の一かけを口に放り込んだ。

 「それじゃあな兄弟。同胞団と共にあれ、だ」

 クリムは踵を返すと、仲間内にだけ通じる言葉で別れを告げて人ごみに消えていく。


 「同胞団と共にあれ……」

 その言葉を、誰に対するでもなく反芻。それからもう一度石垣の上を見上げる。

 あの馬車はもう見えなくなっていて、目に入るのは城のような立派な建物ばかり。

 その建物のどこかに、あの人がいらっしゃるのだ。俺が憧れたあの人が。

 「同胞団と共にあれ」

 もう一度繰り返す。

 そうだ。俺はもう『真のソブオル同胞団』の一員だ。

 誰に誇れなくてもいい、誰に対しても恥ずかしくないように生きろ――死んだ母親のその言葉は今でも覚えている。


 俺は恥ずかしくないように生きる。

 クリムや、他の連中がやると決めたのだ。俺だけ逃げるのは無しだ。

 俺たちはあの石垣の上に行く。ソブオルの至宝を奪おうとする、君側の奸を排除するために。




※   ※   ※




 門をくぐった先は、外から見るよりも広く思えた。

 石垣に沿ってぐるりと回っている石畳の道は、サス入りの馬車では滑るように静かに、スムーズに移動できる。

 周囲に立ち並ぶ建物は、明らかに先程見下ろした下層のそれとは異なって、大きく、古く、そして一目見ただけで素人でも分かる程に手入れの行き届いた家ばかりだ。

 比較的小さな家ですら、下層のバラックのような家ならその前庭に二軒位建てられるかもしれない。


 「やっぱり……」

 御者や案内の男にも聞こえないような声で、シラがそっと呟くのが隣にいて分かった。

 「何かを恐れている……」

 高級住宅街という言葉のイメージそのままな上層。

 しかし、その警備に当たる人数や武装、そして何より、一定間隔に設置された=非常時には区画ごとに封鎖できるようにされた拒馬が、閑静な街並みとは不釣り合いに存在感を主張していた。


(つづく)

投稿大変遅くなりまして申し訳ございません

今日はここまで

続きは明日に

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