新世界へ7
俺は一人になった。
リアもシェイドもいつの間にか離れていった。
力をつけてくるのに合わせて傲慢になり、戦闘に参加できない修也をお荷物として追放した=修也の隠された能力を見抜けないぼんくらだった俺は、今やその正体に気づいたギルドの冒険者たちによって相応しい所に転落していった。
ただ一人の例外、シモーヌさんを除いて。
「やあ君」
ギルドに休まる場所がなく、人気のない町はずれの河原にいた俺に背後から声をかけた彼女の態度は、初めて俺を連れてきてくれた時と変わっていなかった――俺がどういう立場なのか、知らない訳ではあるまいに。
「……どうも」
だから、それ以上彼女は何も言わなかった。
「……まあ、よくあることだよ」
しばらくの沈黙の後、彼女がそれを破ってそう言った。
「皆、目を付けられたくないだろうからね」
「……あなたは」
「私?私は……まあ、私もだけどね。でも、せっかく縁があった相手とそれでさようならっていうのはさ、なんか目覚めが悪いじゃない」
それに対して俺が何を言おうとしたのか、自分でももう分からない。
感謝だったのか、謝罪だったのか、それとも別の何かだったのか、永遠に分かることはない。
それを口にするよりも前に、彼女は二振りの木刀を差し出した。
「久しぶりに付き合ってよ。稽古」
差し出された一振りを受け取って、先に河原に降りる。
「よろしくお願いします」
その言葉が、俺の出した答えだった。
互いに向かい合って木刀を構え合う。
河原の片隅に置かれた彼女の得物。そして今はその横に一緒に置かれている俺の得物。
その両方に違いがあるとすれば柄と鍔の拵えぐらいだろうか。
西洋剣のようなシモーヌさんのそれと、フルタングナイフのように刀身の柄部分を木材で挟んで鋲で止め、サバイバルナイフのそれと同様上下の突起程度の鍔と緩衝材を巻きつけた俺のと、どちらも今互いに中段に構えている木刀と同じ、日本刀のそれによく似た刀身を持っている。
今から200年ほど前、突如転移していた老剣士が持っていた武器を基に造られたというこの世界のこの刀は、その老剣士が当時のこちらの世界の剣士たちと立ち合い、そのほとんどと刀身を触れ合わせる事さえなく、悉くを無音のままに倒したという逸話から無音刀とも呼ばれ、彼の遣った剣術と共に、現地の冶金、鍛造技術や武術と融合しながら現在も普及していた。
その見た目から分かるように、使い方は日本刀とほとんど変わりない。
古流剣術の一派であると言えば日本国内で技を披露しても気づかれないだろうと思うほどにその刀法は近く、故に俺の経験が活かせるところは大いにあった。また反対に、居合のような技などはこちらに来てから習得したものもあった。
「はぁっ!」
「おうっ!!」
その逸話とは異なりカン、カン、と切り結んだ木刀が音を立てる。
彼女が稽古相手に選んでくれるのはありがたかった。
俺が、それなり以上に腕の立つ彼女の役に立てるのはこれぐらいしかなかったのだから。
中学から警察時代までずっと続けていた剣道と、特殊警ら隊の頃に身に着けた戦闘技術をベースに竹刀での持ち方を多少いじってこちらの世界でのそれに修正すると、それだけで俺を一端の戦士にさせてくれた。
加えて、彼女との稽古で見知った、そのうちいくつかは自分でも使えるようになった技術は、それを更に強化してくれた。
それが故に、周囲は俺を腫物のように扱うしかできなかったとも言えた。
「「ありがとうございました」」
軽く息を弾ませるぐらいの稽古を終えると、彼女は己の得物と、最初に出会った時にしていたチェストリグのような装備を身に着ける。
この世界では胸嚢と呼ばれるそれは、どこか中国製の五六式弾帯に似ている。
使い方もチェストリグと同じで、銃弾ではなく各種の薬品や道具類を納めている点を除けば違いはない。流石にMOLLE=アクセサリー類を自由に配置するウェビングには対応はしていないが、使い勝手は十分だ。
手を塞がず、動きに干渉せず、必要なものをすぐに取り出せるようにするこうした装備は冒険者や旅人の必需品とも言えるアイテムだ。
「ありがとう。体が温まってきたよ」
俺から木刀を受け取ると、彼女はそう言って先に土手を登り始める。
「これから依頼に?」
「うん。今回も助っ人」
後を追いかけた俺の問いにそう答える。
最初に出会った時がそうであったように、彼女には決まったパーティメンバーがいない。
フリーランスとして様々なパーティに呼ばれ、その実力を持って助っ人をこなす。それが彼女のスタイルだった。
「……そうだ。帰ったら二人で食事でもどう?」
「えっ?」
彼女の唐突な申し出を理解するのには数秒を要した。
何故俺を誘う?何故それを今の状態に俺に言える?
その問いを全て飛び越して彼女の提案は続く。
「誰だって上手くいかない時はある。ユートはたまたまそれが大きかっただけ。そんな時はお酒でも飲んで忘れて、またやり直せばいい。……これでも私は君の先輩なんだよ?先輩らしいことさせなさい。冒険者が来ない店を知っている」
もし、俺に幸いなことがあるのなら、彼女が俺の知る限りまっとうで、善良な人であったという事だ。もし彼女が詐欺師なら壺でもなんでも言い値で買わされている。
「どうして」
「ん?」
「どうして俺にそこまで……」
今度は彼女が一拍黙る番だった。
「あー……」
それから少しおどけて一言。
「ユートが弟に似ていたから……ってのはどう?それじゃ、二日後には帰るよ。行ってきます」
笑いながらふわりと身を翻して土手の向こうに消えるシモーヌさん。
俺が土手を登り切る頃には、彼女の姿は街道の人混みに紛れて見えなくなっていた。
そして、彼女はそのまま二度と帰ってこなかった。
(つづく)