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スキル・ディーラー ~次の人生お売りします~  作者: 九木圭人
ドブネズミのスワンソング
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ドブネズミのスワンソング5

 町を出てすぐに長距離用の馬車へ。馬車をチャーターするシステムも大陸側とほぼ同じだ。

 「どちらへ?」

 「レプソまで」

 慣れた様子のジェルメの言葉。

 その地名がソブオルに向かう途中の宿場町の名であることは、昨日宿で地図を見ていなければ分からなかった。

 そしてそれが、この御者にとっては中々に大きな仕事であるという事もまた。


 「はいよ。それじゃ乗ってくれ。値段は45シブ……いや待て待て」

 この一回で明日の分まで稼げる――そう顔に書いてある御者が芝居っけたっぷりに間をおいてから続けた。

 「お客さん美人だから大サービスだ。40シブでいいよ」

 シブはこの国の通貨単位だ。

 多少観光地価格だとは言え、レーデンの物価から考えれば、どうやら彼の嬉しそうな表情は心の奥底からのものだったのだろう。


 「アハハ、ありがとう。それじゃよろしく」

 その美人さんは満更でもない様子で交渉成立だった。

 俺たちが乗り込むと、馬車はごろごろと動きだし、徐々にスピードを上げていく。

 青い夏の空とそれに相応しい強い日差し、そしてそうでありながら日本の夏のような殺人的な蒸し暑さとは無縁のカラッとした空気の中を、俺たちは馬車に揺られて一路北へと進んでいった。


 途中に一度、少し早めの昼食のため休憩。

 御者はまったく、今にも彼の信奉している宗教の神に祈りそうなほど喜んでいた。

 大陸でもこちらでも、長距離を馬車で移動する場合、途中に客側の申し出で休憩した場合は御者に奢るのが通例だったが、気前のいい客が歓迎されるのはどの国でも同じ事だ。

 ――或いは、先程のリップサービスが随分効いているのか。


 「……いや」

 恐らくそうではない。

 「どうかしたかしら?」

 「いや、何でも」

 多分、船酔いの心配がない陸路の移動に喜んでいるだけだ。

 「……お世辞でも美人って言ってもらえるのは嬉しいものなのよ」

 「顔を見れば分かる」

 本人も浮かれている自覚はあったようだ。

 ――世間一般の視点からすると恐らくお世辞ではなく事実なのだろうという事は、何か調子乗りそうなので黙っておいた。


 結局、その日の夕刻には目的地のレプソに到着した。

 馬車を降りて町の中へ。街道上の宿場町、それもこのアルスカ島を横断して東部の王都まで続く街道との交差点ともなると、それなり以上の活気に満ちている。

 その人混みの中をかき分けて進む先は、宿屋でも店舗でもない住宅街。

 「こっちの方には何度か来ている。知り合いに顔を出しておこうと思ってね」

 どうやら知り合いがいるようだ――と思っていたが、その想像を超えていた。


 「あらジェルメちゃんじゃないの!」

 ある家の前、玄関先にいた女性が彼女を見つけると甲高い声を上げた。

 「どうも、ご無沙汰しています」

 その女性の声が周囲に来訪者を伝えたのだろう、近隣住民がぞろぞろと出てきて、瞬く間に二十人近くに囲まれることとなった。

 明らかに何度か来ているというレベルではない知名度。それも、かなり歓迎されている。


 「……どういう関係で?」

 「色々買ってもらったり、お世話になっているんだよ。ここの人たちに」

 彼女が言うにはそれだけのようだが、それにしても随分受け入れられている。

 俺のこともシラのことも、昨日と同様「護衛とお供」で通していたし、それで簡単に受け入れられた。

 ――まさか、そのまま宿代も夕食代も浮くことになるとは思わなかったが。


 「今回もここでお仕事?」

 「いえ、ソブオルまで行きます」

 急遽開かれた夕食会で、先程の女性――ここのおかみさんだと分かった――にそう答えるジェルメ。それを聞いた彼女らの表情が一瞬強張った。

 「そう……どっち?上層?それとも下層?」

 「上層です」

 「あら羨ましいわぁ。お大尽とお知り合いになるチャンスじゃないの」

 おかみさんの表情が穏やかなものに戻る。

 どうやらこれから向かう先には階層社会が待っているらしい。

 「あそこはちょっと特殊と言うか……まあ古い所だからねぇ」

 言葉を濁しているが、それ以上追及することは誰もしなかった。


 翌日、お世話になった彼らに丁寧に礼を言って町を後にする。今日もまた馬車に揺られて街道を北上だ。

 「いらっしゃい。どちらまで?」

 「アーディングまで」

 これまた今日も、御者は降ってわいたボーナスに頬を緩めていた――もっとも、今日は歯の浮くようなリップサービスは無しだが。

 昨日と同じような空の下、昨日と同じように馬車は進む。

 そしてこれまた昨日と同じような時間帯に目的地に到着。昨日と違う所があるとすれば、アーディングは普通の――そしてレプソより小規模な――宿場町で、ごく普通の宿にごく普通に泊まったという事か。


 その翌日、これまた同じように馬車に乗り込む。

 「それにしても、随分交通費がかさむな」

 「ああ、その辺は大丈夫」

 ジェルメが財布の中身を確かめる。

 「今回は依頼人から交通費も上乗せで請求できるから。いやはや、お大尽は違うね」

 虫の値段にここまでの交通費。それら全てを一括で支払えるとなれば、成程確かにお大尽は違う。


 交通費に関して心配がなくなったジェルメが御者に告げる。

 「ソブオルまで」

 いよいよ今日はその目的地に向かう。

 「あいよ」

 御者の反応も昨日までと違う。

 決して安い客ではないのだろうが、これまでのような長距離ではない。恐らく今日の昼頃には到着するだろう。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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