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スキル・ディーラー ~次の人生お売りします~  作者: 九木圭人
ドブネズミのスワンソング
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ドブネズミのスワンソング3

 東に向かっている船は、夕闇から逃げるように進路を取り、しかし逃げ切れずじわじわと追いつかれつつあった。

 その甲板の端へ移り、太い手すりに上体を預けてオレンジ色の空をじっと見つめ続ける。

 「……大丈夫、大丈夫だ……」

 独り言のように小声でそう繰り返すモーガンさんの声は、半分以上自分に言い聞かせているのだろうというのは、誰がどう見ても明らかだった。


 「出来るだけ遠くを見てください」

 「ああ、うん……」

 すぐ横にシラが控えている。

 背中に回されたのとは反対の手には飲み水と、安い油を染み込ませた紙袋が一つ。

 勿論、船酔いをした人間への使い方などどの世界でも共通だ。


 「辛かったらこれに」

 「うん……」

 そのやり取りを後ろから見守る。

 甲板上に乗客は俺たちしかおらず、俺のすぐ後ろでは二人の船員が送風マストに設置された魔石の交換作業に当たっていた。

 この世界の船舶技術など、恐らく大航海時代に毛が生えたぐらいのものだ。

 羅針盤らしきものはこうした定期航路の連絡船にも採用されているぐらいには普及しているが、内燃機関による航行など考えもつかない。

 だが、或いは初期のそれ以上に優秀な動力源かもしれない機関による帆走能力を持っているのは、俺たちの世界との最大の違いと言えるだろう。


 それがこの魔石による動力の確保だ。

 魔術を習得していない人間でも、その効果を得られる魔石は、込められた魔力によって強風を発生させ、常に一定の風を帆に当て続ける事が出来る。

 故に、帆を張るマストの後ろには必ず魔石を設置する送風マストが設けられるのがこの世界の船のスタンダードだ。これによって――勿論速度には限界があるが――内燃機関を搭載した船と同様に一定の速度での航行を続けることが出来た。


 その送風マストから、魔力のなくなった魔石を降ろす作業をしている。

 一人の船員がマストに登り、取り外した船舶用大型魔石に玉掛けをして滑車で下に降ろしていく。

 流石に揺れる船の上でロープだけでは危険なのか、ロープがマストに取り付けられた支柱に繋げられており、この支柱がガイドレールの役割を担っている。吊り荷は上の船員が操作するハンドルに合わせて支柱に沿って下の船員へ向かって降りていく仕掛けだ。

 「よくできるなあ……」

 思わず感心してしまった。

 船酔いなどしているのとは、まったく別の世界の出来事だ。

 そしてその船酔いの方に向き直ると、どうやらピークに達しているようだった。


 「うぅ……っ!ぇ……」

 「あっ!……出して出して」

 シラが咄嗟に袋を持たせ、背中をさすり続けている。

 客室にいなくてよかったと、心底思える光景だった。

 幸いなことに、それでどうやら落ち着いたようだった。

 シラから受け取った水筒で口をゆすぎ、残りを飲むと、その場に座り込んで喘ぐように空を見上げたが、心なしか顔色は戻ってきていた。


 「……前とは逆ですね」

 懐かしむようにシラが呟くのが、海風に混じって聞こえてきた。

 「私が小さい頃、よく看病してもらった」

 「……よく覚えているね」

 言われた張本人はか細く、どこかばつが悪そうにそう答えながら立ち上がると、客室に戻ろうと歩き出した。

 ――つくづく、この二人の関係には謎が多い。

 「お待たせした。もう大丈夫」

 「そりゃあよかった」

 果たして宣言通り、彼女はもう大丈夫なようだった。

 流石に吐いた直後では食欲もないのだろう、船室に戻って、少し水を飲んでからすぐに横になって眠り、俺たちもそれに倣った。

 有難い事に、彼女がダウンしたのはその時だけで、翌朝からはいつも通りだった。

 「吐くまでは辛いし、吐くのも辛いが、一度吐いてしまえば後は平気」

 とは本人の弁。まあ、楽になったのならよかった。


 その日の夕刻、アルスカ王国の領海に入るまで、彼女は陸と同様だった。

 「そろそろ着く頃だね」

 「ああ、そうだな」

 気が早い乗客たちに混じって俺たちも甲板へ。

 王国西海岸に近いロコノー島が北に小さく見える。

 かつて島の地下遺跡から小さな女神像を抱いた巨大な魔物の死骸が見つかり、一躍有名になった島らしい――そこに行くらしい他の乗客の会話から知った。


 そのすぐ後に船は予定通りの時間に港へ。

 そうした観光客に混じって下船すると、まず待っているのは入国審査だ。

 小さな建物の中に設けられたブースに並び、一人ずつ審査を受ける。

 「身分証と出国証明を」

 係官に言われた通りの者を提出する。

 「冒険者ギルド……」

 一瞬、係官の目が鋭くなる。

 その内心は読めないが、少なくとも大陸側のような神通力がないのは間違いないだろう。

 ブースの後方にいる別の職員に何かを伝えると、その職員が何らかの台帳を持ってきて照合を始めた。

 「お仕事で?」

 「はい」

 出国時と同様に契約書を提示。

 照合中だった職員が、その係官の耳元で何かを囁く。

 それに係官が同じかそれ以上の小声で何かを伝えると、台帳を抱えた職員が戻っていく。


 「……ようこそアルスカへ」

 どうやら何とか突破できたようだ。

 まあ、手間取るのも無理はないだろう。アルスカ王国でもギルドの冒険者が活動することは可能だが、ギルド自体は設置されておらず、アルスカの能力者は国が独自に設置した組織に所属することになり、大陸側の冒険者ギルドへの所属は禁止されている。


 はっきり言えば、商売の都合上ギルドの人間を受け入れてはいるが、ギルドそのものに対しては距離を置いているのがこの国のスタンスだ。


 そんな彼等からすれば、ギルド所属の冒険者など歓迎されざる客という事なのだろう。

 海一つ渡ればギルドの扱いと言うのも随分変わるものだ。

 ――まあいい。どの道仕事が終わればすぐに帰る。それこそ、彼等の望み通りに。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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