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聖女と邪竜18

 「……」

 戦いを終え、一人宿に戻る。

 遠くで騒ぐ声が聞こえる。

 声が近づいて来ない所を見ると、恐らくこちら以外の何かなのだろう。


 そのまま宿に戻り、翌朝には俺は村を出ていた。

 身支度をしている間、宿が妙に騒がしくなっていた。

 聖女と孤児院の少年、そして村人数名と見慣れない男の死体が上がったのは、明け方頃の話。ボルホック農園の者が、事件の起きるフィドゥの夜の明けを、戦々恐々としながら見回りをした時だった。

 これまでにない大きな被害と、これまでにない戦闘の痕跡。

 そしてその後程なくしてもぬけの殻になった孤児院で、聖女レナータの遺書が発見され、その中で全て己の責任であり、真犯人は自分とクロード少年であるという告白が行われていたらしい。

 そして、首のない見慣れぬ男が自警団の雇い入れた冒険者であることが判明し、彼が相討ちになりながら凶賊を打倒したという話になったところで、俺は安心して村を後にした。


 彼が英雄に祀り上げられるのなら結構だ。死人に口なし。


 「……ん?」

 村を出て、ルーラニア湖のほとり、街道が分岐している辺りに辿り着いた時、見覚えのある馬車が一台停まっているのが目についた。

 「やあ、二日ぶり」

 その馬車の主もこちらを認めると、そう言って手を振った。

 「ああ……どうも」

 ジェルメ。今回の一件の、その引き金になったと言ってもいい。

 本人はいつも通り、そんな事は知らぬ存ぜぬとばかりに、朝食だろう小ぶりな林檎を一つ、皮も剥かずにかじっていた。

「春林檎もそろそろ終わりだね」

 しゃり、と一齧りして呑気にそう漏らす。

 春林檎というのはその名の通り春先から初夏にかけて収穫される林檎の通称で、背後に広がる果樹園の中にも、これを育てている場所がいくつかあった。


 「……村のきな臭い一件は終わった」

 「へぇ。それはそれは」

 「何か思う所は?」

 それが八つ当たりだというのは、自分でも分かっていた。

 だが、一度口に出してしまわなければ、どうにも収まらない気がして仕方がなかった。

 「無事でよかったよ」

 「……一つ教えてほしい」

 「何?」

 「あの少年に虫を売ったか?」

 しゃり、また林檎を齧り、果肉を砕いて飲み込む。


 「私にも顧客の秘密をみだりに口にしないというぐらいの良識はあるよ。……たとえ、その顧客が死んでいたとしても」

 明確な回答だった。

 彼女は売り、そしてその顛末を――つまり昨日の夜少年が死んだことを知っている。

 「その事について、何か責任は感じていないのか?」

 一瞬、彼女が俺の顔をまじまじと見つめ返してきた。

 まるで、とんでもない奇想天外な話を聞いたとでも言うように。


 「少なくとも私の知る限りでは、刃傷沙汰があった時に鍛冶屋を捕らえるような法は無いはずだよ」

 「だが、殺すと分かっている者に刃物を売れば、それは犯行を後押ししたようなものだ」

 それが言いがかりだという事は分かっている。

 だが、昨日起きた事を前にして、こいつの態度は刺激だ。

 「殺すなんて思わなかった。私はあくまで人生をやり直す機会を売っているだけだ。その新しい可能性をどう使うのかはそいつ次第。肉屋も八百屋も、客の食卓を知っている訳でもないだろう?」

 それで黙らざるを得なかった。

 本当はもっと突っ込むことも出来るのだろうが、今の俺の頭にそれ以上の無意味な詰問は思い浮かばない。


 「……聖女に」

 「うん?」

 「保護者だった聖女に確認は?」

 「彼はそんな歳には思えなかったからね。……ひょっとして、あの村に起きた事の原因が私にあると言いたいのかな?」

 その反撃を誤魔化す気は起きなかった。

 頭のどこかでそうだ、という声がしていた。

 そうではない、という冷静な声も同じぐらいしていたが、俺の感情が選んだのは、つまり、実際にその始末をつけた直後の俺が選んだのは前者の声。


 「大勢死んだ。多分知っているだろうがな」

 「そうだね。二日前に出会った時点で四人だったか……」

 その後もっと増えた事を知っている――その顔にはそう書いてある。

 「もし村人に能力者がいれば、未然に防げたのかもね」

 「なっ――」

 その返しは、俺も予想していなかった。

 だが、彼女は今思いついたわけではないと証明するように、つらつらとその理由を続ける。

 「だってそうだろう?悪い奴が能力を得た。そしてその力を振るって暴れた。そして被害が出た。ではどうする?能力を持った者を止められるのは、別の能力者だけだ。ちょうど今回のように」

 「!!」

 その時、俺は改めて彼女の顔を見た。

 そして自分が誰と、どういう人間と話をしているのか、はっきりと理解した。

 彼女は怒っていた。

 表情はいつも通りだったが、しかしその眼はしっかりと俺を見据えていた。

 殴られようが殺されようが、その意志を曲げるつもりは無いという眼だ。

 そして彼女が口にするそれは弁解ではなく、反論だという事をその口以上に物語っていた。


 「では能力の悪用をどうやって止める?今回そうでなかったとは言え、大体の場合能力の有無は先天的に決まる。能力者に生まれた子供を片っ端から殺すか?或いは彼らが善良で道を踏み外さないことを神様にでも祈るか?普通の人間ですら、普通に教育を受けてもやむにやまれず犯罪を犯す者がいるのに?あなただって本当は分かっているだろう。悪意ある能力者に対抗するためには善良な能力者が必要だ」

 その例を示す必要などなかった。

 俺自身、その事は身をもって知っている。


 「なら、そのために虫を売る……と?」

 俺の問いに、彼女は遠く、今俺が出てきた村の方に目を向けた。

 「汝を支配せんとするあらゆる運命に叛逆せよ」

 「……何だって?」

 「古い詩の一節だ。持って生まれた力の差によって理不尽に殺されるような人間を減らすのにはどうすればいいと思う?誰もが理不尽に殺されないような力を得られるようにするべきだと、私は思うけど」

 そして改めて俺を見た時には、既にその怒りは落ち着いているようだった。

 そしてまた、俺も彼女にこれ以上色々言うつもりもなくなっていた。


 「だから私は虫を売る。金はまだ、生まれより後からどうにかしやすいからね。いずれもっともっと安く大量に生産できるようにするために、今はこうやって資金を集めているのさ」

 そこまで言い終わると、彼女はもう一口林檎を齧り、馬車の幌付きの荷台を軽く叩いた。

 「そろそろ行こうか」

 荷台からもぞりと顔を出したシラと目が合う。

 「あ、おはようございます……」

 それからぬるりと外に降りるシラ。

 その時に見えた荷台の中には、子供用と思しき毛布が何枚か転がっていた。


 「昨夜は随分頑張ってくれたからね」

 御者台に戻ったシラを指してそう言うと、ジェルメは既に芯が見えている林檎をもう一度口に運んだ。

 済まなかった――そう告げると、彼女は手をひらひら振って答える。

 「それじゃ、また今度の機会によろしく」

 そう言って、彼女たちの馬車は走り出した。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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