聖女と邪竜17
宣言するや、彼女は左手に持った手斧を頭上に構えた。
当然ハルバードは右手一本で保持する形になるが、その柄を脇に抱える形で水平を維持している。いわば斧とハルバードの二刀流の形だ。
「……」
そしてその二刀流の手斧を頭上でぴたりと静止させながら、再びじりじりとにじり寄るように間合いを詰めてくる。
「……」
ならばこちらも二刀流対策。再びの平正眼。
と言っても、これが正解かどうかは分からない。刀の二刀流相手であれば少なくとも有効な手ではあるのだが、相手は左右どちらも異なる得物を持っている上に、通常のそれと異なり手斧=小さい方の得物をこちらに近い位置で振りかぶっていて、長物を体の後ろに回すという、変形の構えだ。
リアクティブアーマーを破ると言った。
つまり、こちらの能力の全容を知っている。そしてその弱点も、先程のやり取りだけで理解している。
もしその理解が俺の知っているそれと同じか、或いは俺の知らない何かだとしたら流石は歴戦の戦士というべきだろう。
その歴戦の戦士との間合いは、今やハルバードの一歩外ぐらいまで詰まってきていた。
そしてそれが半歩外にまで縮まる、そのほんの一瞬。唐突に手斧がこちらに放たれた。
「ッ!?」
顔面を狙って一直線に飛んでくる斧。
咄嗟に刀身でそれを受ける。
――当然、その瞬間構えは崩れ、意識は瞬間的にそちらに集中する。
「シャァ!」
まさにその瞬間を正確に見切って、奴の突進が目の前までやって来ていた。
右脇にあったはずのハルバードは一瞬でその穂先を先頭に、俺の腹を貫かんと殺到する。
回避不可能。
防御もまた同様に。
ならば――受けるしかない。
「ぐっ!!」
先程より鋭い衝撃と同時に閃光が走り、真っすぐに突きこまれた槍を弾き返す。
やはり相当頑丈な代物だ。リアクティブアーマーの爆発を受けても壊れた様子はない。
「ッ!?」
そして得物を通じてそれを受けた張本人も、並大抵の強さではない。
一直線に突いたことで、反対方向に発生する斥力を、手を緩ませて両手の中を柄が滑るようにすることで受け流し、その上で飛び込んできたけら首の辺りで再度掴み直している。
突けば槍、薙げば薙刀、引けば鎌。だがこの瞬間、奴は四つ目の用法=疑似的な短刀にして更に飛び込んでくる。
「ハァッ!!!」
「ちぃっ!」
あと少し反応が遅れたら、或いは俺の柄が短かったら、俺は死んでいただろう。
柄頭で叩きつけるようにして、体までほんの数cmを残してその刺突を食い止める。
張り出したスパイクの根元に柄がかかり、何とか九死に一生を得た。
宣言通り、奴はリアクティブアーマーの欠点=発動直後に間髪入れずに同じ箇所への攻撃を受けると再展開が間に合わずに通過してしまうというその一点を確実に突いてきた。
「クソがっ!」
そのまま穂先を振り払い、同時に奴が間合の外に飛び下がる。
長い柄のほぼ全てが体の後ろにある不安定な状態での戦闘は流石に避けたいか。
――だが、俺にはケリをつけるのにはこのタイミングしかない。
奴はリーチで勝り、恐らく戦闘経験でも勝り、そしてこちらの弱点を知っている。
この隙を逃せば次はない。
「おおっ!!!」
一気に踏み込む。
それに応じて奴が構えなおす。通常の左手と左足を前にする構えではなく、右手と右足が前に来る、対刀剣用の構え。
だが、完成するより前に今度は俺が切っ先を喉元に向けて飛び込んだ。
「ちっ――」
奴の突き。
恐らく反射的に繰り出した顔面を狙ったそれ。
「ッ!!!」
これまた間一髪、いや産毛や薄皮ぐらいは掠ったかもしれない程のギリギリのタイミングで刀身で受け、頭の上に受け流す。
こちらが更に踏み込むのと、奴が繰り出して来た突き。その二つの合計で、お互いの間合は更に詰まっている。
――今や奴のそれを越え、俺の間合。
逃がす手はない。
「あああっ!!」
叫びながら刀を返し、押し込むようにして奴の左腕に斬りつける。
確かな手応えが、それも寸断したことを知らせる類のそれが、その通りの視覚情報と同時に体内を駆け巡る。
「がぁ……ッ!」
片腕一本で、尚も奴は動いた。
恐るべき事実:回避ではなく反撃を選択。
「ッ――」
だが、遅い。
動き始めた奴の体を、振り下ろした反動でバウンドするように下から切り上げた。
「ッ!!」
そのまま更に進み、奴と入れ替わる。
まだ、奴は倒れない。
――いや、倒れないどころではない。
「なっ……」
「おおおああっ!!!」
残った命全てを絞り出すような叫びと共にこちらを振り返り、その動きそのままに斧の部分を振り抜かんとしている。
「ッ!」
こちらも振り向きざま、首を断とうとしてくるその動きの下をくぐる。
最早奴に力はない。振り向く動作に合わせたその一撃だけを、執念で繰り出していたのだろう。
空を切った斬撃を戻し、再度攻撃を行うには、片腕ではあまりに遅い。
回避と同時に胴を払う。
「……終わろう」
更に追撃。
旋回の遅れ、体の左側と背中を晒している奴の横。
右手を逆手に持ち替え、左手を柄頭に当てて押し込む形にする。
そしてそのまま、切っ先を奴の肝臓に深々と突き刺した。
「……ッ」
奴の動きが止まる。今度こそ、完全に。
相手の命が終わる手応えが、深々と肝臓を貫いた刃から伝わって来て、俺は力を込めて刀身を引き抜いた。
「ハ、ハ……」
奴の口から洩れる、乾いた笑い。
「いいぞ……」
微かにそれだけ言って、それから俺に向けようとした顔は、ほんの一瞬だけ笑いかけようとしていたようだった。
「アジ……カ……、申し分ない……終わり……」
崩れ落ち、何かを口走った。
完全には聞き取れなかった。
何か俺には耳慣れない言葉を言ったようにも思えた。
それをバックに血振りして、刀身を拭う。
奴がそれ以上何か言うことは、これから先永遠にない。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません
今日はここまで
続きは本日19時~20時頃を予定しております