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聖女と邪竜15

 農園の脇を抜け、小動物対策だろうネットの張られた柵の向こうへ。

 その向こうに広がる雑木林を越えた先は、浅いすり鉢状になった荒れ地=元々の俺の目的地にして、たった今声が聞こえた方向。


 「こっち……奴が……」

 「なんて……畜生……」

 途切れ途切れの声と、それらをかき消す地鳴りのような唸り声。

 例の魔物、いやクロードとか言う少年か。

 「ッ!!?」

 荒れ地の端に到着した時俺の目に飛び込んできたのは、すり鉢の底の部分にいる複数の男たちと、荒れ地の奥から現れた一匹の竜。

 真鍮色の鱗に覆われ、巨大なトカゲのようなその体を鋭い爪の揃った四本の足で、その見た目からは意外なほどのスピードで男たちの方へと向かっていく。

 咄嗟に手近な木に身を隠して様子を伺う。


 「くっ、来るぞ!!」

 誰か怯え切った声で叫び、その声とは対照的に数名の男たちが竜に向かって距離を詰める。

 松明の明かりと、まだ辛うじて残滓が残る夕日だけが頼りだが、それでも何とか彼らが討伐パーティにいたメンバーではない事は分かった。

 恐らく有志の自警団が別口で雇ったという冒険者たちだろう。つまり、彼等の後ろで竦み上がっているのが例の自警団という訳だ。

 自警団と言っても、大した練度でもなければ、装備も鍬や農作業用のフォークや、手斧ぐらいしかない。はっきり言ってただの百姓一揆だ。戦力としては全く頼りにならない。


 「来い!邪竜よ。この嵐のバムが相手だ!」

 雇われが邪竜相手に名乗り、仰々しい飾りのついた杖を向ける。

 「カアァッ!!!」

 「ッ!!」

 疾風の名の示す通り、竜に凄まじい風圧が襲い掛かったのが、その巨体がのけ反るので分かった。

 風属性の魔法?いや、そうではない。

 今の風はただ風圧を発生させた訳ではない。

 「貰ったぞ!!」

 竜の頭上から声が落ちてくる。

 突風の正体は恐らくジェット気流。

 能力で生み出したそれで相手の動きを封じ、同時に自らを噴き上げて、更に落下――発生させた気流で加速させつつ。


 「覚悟ッ!!」

 杖から引き抜かれた細身の刃を真下に向けて落下する男。どんな生物でも弱点となるトップアタック。勿論竜であっても例外ではない。

 「ッ!!!」

 一瞬で消えた相手を捕らえることも出来ず、急降下する相手を察したのは、その刃が鱗の隙間を正確に穿った瞬間だった。

 「グオオオオォォォォ!!!!」

 凄まじい絶叫が雑木林を震わせる。

 留めは刺されていないが、どうやら今の一撃で勝負はついたようだ。

 竜は昏倒したようにその場にその場に伏せ、ひらりと飛び降りたドラゴンスレイヤーを真っ赤な目で睨みつけるだけ。


 「さて、終わらせてくれるぞ、怪物――」

 再び刃を向けた嵐のバム。

 だが、彼の活躍はそこまでだった。


 「ッ!!」

 「何者だ!そこで何を――」

 竜殺しとして名を挙げるはずだった男はそれ以上の言葉を発せなかった。

 彼は「何を」の形に口を開いたまま、その首を先程の全身のように宙に舞わせた。

 「……邪魔だ」

 トン、と逃げようとして遅れたリアクションを取る彼の体を蹴り倒し、その乱入者は呆気に取られている自警団を一瞥する。

 ここからでもはっきり見える、聖職者の纏う僧衣。

 裾を切り裂き、真っ白なそれを返り血が真っ赤に染めている。


 「……雑魚しかいないか」

 そのあんまりな感想の直後、今しがた首を撥ねたハルバードとは反対の手に光を宿らせて地面に叩きつける。

 「ッ!!」

 まるで衝撃波か、水面の波紋か。

 光が、地面を満たしていく。

 「ひぃっ!?」

 「あ、足が!!?」

 その光の届く範囲にいた自警団員がほぼパニックの声を上げた。

 光は消えない。いや、消えないのではない。代わったのだ。全てを凍てつかせる氷原に。


 「ハッハ、逃げてみろよ?」

 その光の中心にいた乱入者=レナータさんが、膝まで凍り付いて恐怖に泣き叫ぶ自警団員の一人に近寄っていく――ご丁寧にハルバードの切っ先で凍り付いた地面を削る音をかき鳴らしながら。

 「ひっ、ひぃっ……」

 「いつもの威勢はどうしたよ?えぇ旦那」

 「た、た、助け――」

 また最後まで言わずに首が飛ぶ。


 「あ、あ、悪魔……」

 「なんで、なんでお前が……」

 その光景=自分たちの未来の姿を見せつけられた村人たちの声に、返ってくるのは笑いの混じった鬨の声。

 「ハッハッハッハ!!フォォォォォォァアッ!!!!」

 コンバットハイと言うべきものなのだろうか。

 しかしそれは戦闘とさえ呼べない一方的な虐殺に猛り狂うようにしか思えず、まさしく村人の一人が放った「悪魔」という呼び方こそが相応しいような姿だった。


 「次はお前ッ!」

 「ひぃっ――」

 ハルバードの斧が振り下ろされる。脳天を唐竹割りにぶっ裂かれ、股間まで両断されたその死体にもう一度鬨の声を上げるレナータさん……いや、レナータ。

 「お逃げになりたい?」

 残されたもう一人にいたずらに尋ねるその声は、聖女として振舞っていた時のそれを茶化したような言い方。

 「ほら逃げろ」

 そう言って、凍り付いた脛を払うその一撃に、一切躊躇はない。

 凍り付いた両足を失い、激痛に悶えながら氷の上を這っていく最後の一人を楽しそうに追い回す。


 「ほら頑張れ頑張れ。おい」

 「ひっ――ぎひっ!!」

 戯れとばかりに片腕を切断してひとしきり笑い、そして――。

 「……もういいよ」

 飽きたようにそう言って一撃で命を絶った。


 「ったく、せっかくの楽しみを邪魔しやがって……」

 そう言いながら踵を返す。

 向かう先は既に動けない竜。

 「やあクロード」

 竜の表情は分からない。

 怯えているのか、怒っているのか、悲しんでいるのか――なんとなくそれらのどれかであるという事だけしか。


 「……締まらねえ話だ」

 だが、その後に発せられたのはそれだけ。

 その不服を露にした声と共に、介錯するように竜の首が深々と斬りつけられ、その姿が泡のように消えていく。

 残ったのは、ただ一人の少年の死体。

 大方竜に変身する能力を与えられていたのだろう。


 「さて……」

 その死体には目もくれず、誰にも讃えられぬドラゴンスレイヤーが、隠れているはずの俺の方をしっかりと見据えた。

 「ちょっと予定が狂ったが、まあいい――」

 血の滴るハルバードを一度薙いでこちらに振り向く。

 「約束通り、殺してくれ」

 言葉と裏腹に構えられたハルバードを見て、俺はそこに込められた真の意味を実感する。

 つまり、殺してくれ、或いは殺されてくれという事を。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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