新世界へ6
「こっちよ」
突然三次元になった二次元に圧倒されている俺をシモーヌさんが呼び寄せる。
彼女は近くのカウンターにいた受付と思しき女性に何やら話しかけていた。
「彼がユートさんですね?」
「ええ」
言われた通りにカウンターに立つと女性がシモーヌさんに確認し、それから俺の方を見た。
「ようこそユートさん。適性診断を行いますので、どちらか手を出してください」
言われた通りに差し出すと、女性はその下にA4サイズの何やら幾何学的な模様が描かれた紙と長い針を一本取出し、その針を俺の指先に突き刺した。
「ちくっとしますよ」
言うのが遅い。
目的は一度で達成されたのか、俺に指に当てるガーゼを寄越すとすぐに抜かれた針の先端についていた血を下の紙に垂らす。
「おおっ」
垂らしたのはただ一滴の血。それだけだ。
しかし紙の模様に触れたそれは毛細管現象の見本のように高速で模様に沿って広がっていく。
それが、俺の冒険者としてのデビューだった。
めでたく能力を手に入れた俺は、そのまま冒険者ギルドというその組織に登録することとなった。
丁度いい――そう思ったのを覚えている。
元の世界から急に引き離され、警察官であることを辞めて何もかも捨てて逃げてきた――それまでの人生を捨てた俺に、すぐに新しい仕事を与えられたのは幸いだった。
それはつまり新しい人生のスタートだった。これまでの全てをリセットしての第二の人生、それもこれまで身に着けた技能はそのまま持ち込める上に、新たな能力を与えられての再スタート。
冒険者は複数名でパーティを組んで行動するのが基本だと知らされ、手に入れた能力は集団内で使用するのには向かないと分かった時には少し落胆したものだが、それでも日本にいた頃に身に着けた技術――主に戦闘方面のそれは、こちらでも十分に通用したし、ギルドのロビーに張り出されているパーティメンバー募集には腕っぷしの強い人間を求めているパーティが必ず存在した。
そのうちの一つに上手い事入り込んで三年、引退した加入時のリーダーからその立場を引き継ぎ、ようやく軌道に乗ってきた頃に、かつての俺と同様に日本から転移してきた者をパーティに加えた。
この世界には俺やそいつのような転移者は時折現れるらしく、パーティメンバー含む現地人たちも慣れたものだった。
そいつの能力は戦闘向きではなかったため、後方要員として物資の管理を任せていた。
概ね上手く行っていた。一年後、そいつがもめ事を起こすまでは。
「シュウ、どういう事か説明しろ」
リーダーとして他のメンバーと共にそいつを囲む。
堂上修也。まだ20歳になったばかりのその男がパーティの物資を転売している――メンバーからその疑惑を聞かされた時、咄嗟に俺は奴を庇おうとした。
不思議なもので、捨ててきたはずの故郷を同じくする者には妙に愛着があったのかもしれない。
だが、話を聞いていくと奴があっさりそれを認めた。もう庇う事は出来ない。
「待ってください。話を聞いてくださいよ」
奴はそう言って俺たち全員の目を見た。
「確かに俺は物資を無断で転売した。それは認めます。でも、全て在庫に余裕のあるもので、全部利益を出してパーティの資金に還元している。はっきり言って、俺がパーティを助けている面だって――」
「そういう話じゃないんだ。シュウ」
奴の言葉を遮る。もう庇う事は出来ない。
「どうして私たちに黙っていたの?あれは皆の物資よ」
魔術師のリアがそれに続く。
「リアの言う通りだ。儲けが出たからいいとは言えない。もし無駄にしていたらどうするつもりだった」
もう一人の仲間、戦士シェイドがその太い腕をテーブルの上に進めて問い詰める。
「それは……っ、でも実際に――」
「そういう事だよ」
俺の言いたいことは二人が言ってしまった。
――正直なところ、奴が全面的に自分の非を認めていたら何とか他の二人をなだめてとりなそうとも思っていたし、そうしたかった。
やらかしは事実だが、後方要員としては決して無能ではないし、何より――こちらは正体を隠していたが――同郷で話の合う人間に会ったのは久しぶりだった。
だが、その道はもうない。
「俺は実際に利益を出したんです。パーティに貢献しているはずだ!」
俺たちは顔を見合わせ、そして代表として俺が最終確認を行った。
「本気なんだな?」
「勿論」
「なら、もうお前を置いておけない」
現状、パーティは上手く纏まっていた。
今回上手くいったからと言って、ここでスタンドプレーを認めてしまえば、やがてパーティ全体の士気にかかわってくる。
奴の言う通り――そして奴が実際に提出した帳簿通り利益を上げていたとしても、そもそもその元手になる物資はパーティ全員で金を出し合って手に入れたものだ。
それを独断で始末して、結果オーライでお咎めなしという訳にはいかない。
俺たちは奴を解雇した。
日本で言えば懲戒解雇、この世界で言われる表現で言えば追放だった。
その後別の後方要員を雇い、なんとか穴を埋めて活動を続けた半年後、奴は帰ってきた。
強力な戦闘向きの能力を手に入れ、新たな仲間を引き連れたパーティリーダーとして。
「久しぶりですね。一ノ瀬さん」
この世界の人間が下の名前の微妙に違うイントネーションで呼ぶのと異なり、苗字を日本語で呼ぶ奴の声が、上級モンスターのヒュドラを討伐したという彼らを取り囲む歓声の中から聞こえてきた。
俺が理不尽な理由で奴を追放したという事にはそれからそう日を置かずに決まった。
奴は今を時めく若きやり手。その上ギルドに深い繋がりを持ち、その強力な支援者であるレイノース公爵のお抱えのような状態にある。
ギルドの支持者にして、実質この国における運営者の一人でもある公爵は当然ながらギルドの冒険者たちに強い影響力を持つ。
もっと正確に言えば、彼が良からぬ者だと認識した時点でそいつは冒険者として終わりだ。規格外の実力者であればそれをねじ伏せることは出来るだろうが、そんなもの夢のまた夢。
事実、周囲も俺の事を腫物に触るように扱うようになっていった。
公爵のお気に入りである修也の敵だった俺の同類と思われてはたまらない――その想いを抱くのは無理もなかった。例え、同じパーティにいた者達であっても。
(つづく)