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聖女と邪竜8

 「何の騒ぎです!?」

 俺の背後から更に声。

 村人たちの目線を確認してから俺もそちらに振り向く。

 「司祭様……」

 村人の一人が独り言のように呟いた。

 その口調は何か不都合なものを見咎められたようにも、面倒な奴に見つかったと疎ましがっているようにも聞こえた。

 そしてその――あくまで俺の推測だが――懸念の通り、何の騒ぎかと聞きながらも既に事態は把握していたようだ。


 「一体何の理由があって聖女レナータを責め立てるのです」

 「ですが司祭様、この女は――」

 村人の一人が何か反論しようとして、すぐさま司祭がそれを遮った。

 「彼女が何だと言うのです?一体何の証拠があって、彼女を吊るし上げるような真似をするのです」

 それを受けて立とうというのだろう、村人の一人が彼の前に進み出ると、背後にいる聖女を指さして口を開く。


 「この女はバスティオン派ですよ。その上、村の人間が魔物に襲われた日は、いつもフィドゥの夜だ。フィドゥの夜を信じるのは聖堂派じゃなければバスティオン派しかいないじゃありませんか。この女じゃないにしろ、この女の孤児院の子供だって、年嵩の奴はそれぐらいの悪知恵ぐらい――」

 「口を慎むのです。確たる証拠もなくそのような理由で他人を非難するのは、余りに侮辱ですよ」

 一瞬、レナータさんの顔が歪んだ。

 フィドゥの夜というのは、この男の言う通り主に聖堂派とバスティオン派で信じられている宗教的慣習だ。

 それらの宗派では神話に登場するフィドゥという悪魔が、時折この世界に現れては主神のふりをして人々を騙すと考えられていて、フィドゥの現れる夜に礼拝することは悪魔を讃える行為となってしまうため、火を消しすぐに眠るという慣習だった。


 要するに、彼女の運営する孤児院において、その日なら他の者が早く寝静まるため誰にも気付かれずに外に抜け出して村人を襲えるというのだろう。


 「だって司祭様。この女があの孤児院で子供たちに何を教えているのかなんて、誰も分からないじゃありませんか。きっと戦争屋らしく盗みや殺しや人の騙し方を仕込んでいるに違いありません。現に何か月か前から方々の家や畑でものが無くなっていたんだ。それだってこいつらの仕業に決まっている」

 ああ、駄目だこれは。

 疑心暗鬼に宗教上の対立まで加わっては、もう手の付けようがない。

 こいつらは自分が誰かに殺されようが、或いは真犯人が目の前で誰かを殺そうが、その裏にいるのがバスティオン派の聖女かその孤児院の子供達だと思うだろう。


 「だいたい、ただの娼婦くずれが聖女だなんて――」

 「お黙りなさい!!いいですか!誰にとっても悲しい時代だったのです!誰もが必死だったのです!それは信じる神や解釈などで変わることはありません。この中で誰か一人でも、彼女やその子供たちが実際に罪を犯す所を見たのですか!?彼女や孤児院の子供が何をしたと言うのです!!」

 堪忍袋の緒が切れた司祭。一気呵成に責め立てる。

 流石にその剣幕に圧倒されたのか、村人たちは渋々といった感じではあるがその場から離れていった。


 「すみませんボゴ司祭……ご迷惑を」

 一人残されたレナータさんが深々と司祭に頭を下げると、司祭の方はようやく怒りからさめたようだった。

 「いえ……まったく嘆かわしい事です。ですが……」

 それから司祭は改めてレナータさんを正面から見据えて続けた。


 「聖女レナータ。あなたもしばらくは、あまり村を出歩かない方がよろしいでしょう。あなたに非が無い事を私は信じておりますが、今は皆疑心暗鬼に駆られ、心が逆立っています。残念ですが、貴方と子供達の安全のためにも、今は隠れていた方がよろしい」

 「そう……ですね」

 納得はいっていないようだったが、まあ無理もない。

 司祭もその辺は分かっているのか、すぐに踵を返して自らの管理するエルシオン派の寺院に戻っていった。


 残されたのは、俺とレナータさんだけ。

 「随分、大ごとになっていますね……」

 「お恥ずかしい所を……」

 あれだけの扱いを受けながら、彼女はただそれだけ言って頭を下げる。

 それからまた、しばらくの沈黙。

 実際の時間はそれほど長くなかったのだろうが、それでも次に彼女が口を開くまで随分かかったような気がした。


 「ユートさんは、今回の魔物の討伐で?」

 「ええ、まあ……」

 確かにそのつもりで来たのだが、ついさっき事情が変わってしまった。

 「実は色々ありまして、どうも俺の出番はないらしい」

 「まあ」

 「実のところ、荷物を纏めて明日にでも帰ろうかと思っているところです」

 その部分についてはまだ決めかねているところだったのだが、つい口を突いた。

 正直、今目のまえで繰り広げられた――俺も一枚噛んだ――やり取りで、この村に長居はしたくないという思いが強くなっている。

 レナータさんの惨状を思えば後ろ髪を引かれるような思いにならないでもないのだが、と言ってここの討伐パーティから孤立してしまった俺がいたところで何ができるでもない。

 それよりも、今は何とかして金を工面しなくては。


 そう思っていたのだが、その後何かを決心したように一拍置いてから改めて俺を見据えたレナータさんからの提案を断るのは何故だか難しかった。

 「でしたら……、もしよろしければ、今日の閉門の時刻に私の孤児院にいらして頂けないでしょうか」

 ただそれだけなのだが、そこには何か覚悟を決めたような、妙な気迫があるように思えた。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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