聖女と邪竜6
もしその人狼説が当たっているとすれば厄介だ。
村人に紛れている以上炙り出すのは容易ではないし、そもそも部外者である俺たちが介入できる範囲には限度がある。たまたま連続殺人が起きるタイミングで名探偵が村にやって来て、犯人がその部外者の探偵に分かるような致命的ミスを犯すのは推理小説の世界だけだ。
更に悪いケースとして考えられるのが、村人たちが自分の友人や家族がもしかしたら人狼かもしれないと考え始めた時だ。
いや、もしかしたら既にそういう段階に入ってきているかもしれない。
密閉された村社会で構成員の多数が疑心暗鬼に囚われたら?たどり着く結末が碌なものではないという事は火を見るよりも明らかだろう。
「結局一番怖いのは人間……なんてことにならなければいいですけど」
同じ考えに至ったのだろう、アメリアが何とか笑みを作ろうとしながら呟いたその言葉に重ねるように、背後で扉の音がした。
反射的に振り返り、そこにいた連中の先頭と目があう。
「なんだ?」
先にそれを発したのは相手の方だった。
後から入ってきておいてなんだも糞もないだろうが、その発言は聞き流しておく。奴は明らかにこちらが――と言うより俺が誰か知っているし、その上で軽蔑しているというのがその視線と態度からありありと伝わって来た。
「どうも」
それに気づかぬように軽く会釈。
それに対する返事はない。
相手はつかつかと部屋の中に入り――そして充満した臭いに顔をしかめていた。
そしてしかめっ面が、すぐさま俺を指さす。
「……何であんたがここにいるんだ?」
その言葉を訳するとこうだ=失せろ。
「俺はあんたが誰か知っているし、仏さんの前で騒ぐつもりもないからここまでのあんたの態度は忘れてやる。で、質問の答えだがあんたと同じ仕事でここに来ている。これ以上質問は?」
充満した臭いと面倒そうな相手の態度とが合わさって、早い所終わらせようと俺の気持を動かしていた。
そして残念なことに、相手はまだ言いたいことがあるようだった。
「なんだと……」
奴が俺を改めて見直す。
ひょろりと高い背、細めたことで三角形になった目。
恐らく二十歳そこそこの若い男はしかし、ただ虚勢を張っている訳ではない。
アルメランのカーライルと言えば、新進気鋭の冒険者として少しは名の知られた存在だった。
今売り出し中の若手にして『堂上修也の成り上がり物語』の熱心な信者である男。
それから見れば“ちょっと成功しただけで増長した挙句、優秀なパーティメンバー=堂上の実力を見抜けずに追放した無能”である俺など、忌み嫌いはしても下げる頭など持っていないといったところだろう。
その若き才能は、ちらりとアメリアの方を見た。
「ええ。本当ですよ」
アメリアがそれに応じると、面白くなさそうにもう一度俺に視線を戻す。
「で、ここで何をしていた?」
「その前に一つ教えて戴けませんでしょうか。あなた様は一体どういった権限で私を尋問しておられるのでしょう?差し支えないようでしたらご説明頂ければ幸いです」
「今回の一件、現地での裁量は私に任されている。で、その任務のためにこの村にいる冒険者の情報を全て知っておく必要がある。これでご理解いただけたか?」
すらすらと淀みなく答えが返ってくる。
成程優秀な若手なだけはある。
そしてその言葉に思わず聞き返したのは俺の方だった。
「どういうことだ?」
今度は俺がアメリアの方を見る番だ。
「……事実です。彼はギルドからその指示を受けています」
俺に知らされていないのは合点がいかないが、どうやらその通りらしい。まあ、堂上物語の信奉者がギルド運営側にいたとしても何も不思議はないという事だろう。
カーライルは大儀そうに懐から取り出したギルドの委任状を俺に見せてくる。
「これでご満足でしょうか?で、何をしていた?」
「死体の検分だ。死後三日~四日経っていて、襲ったのは恐らく人間並みの知能と思考を可能としていて、肉を切り裂ける牙を有する魔物と思われる。……ことによると、村の中に人狼の類が潜伏している可能性もある。こんなところだ」
細かな点は伏せて、分かったことを伝えておく。
それに対する回答は意外なほどに素っ気なかった。
「そうか。ご苦労様。後はこちらで引き受ける」
「こちらで、とは?」
返って来た咳払い一つ。
「分かっていないようだが、ギルドでの貴方の評判はすこぶる悪い。アルメランは無論、バンボルクのギルドにもその名は知られている。で、今回の仕事にかかるのは私も含めそれらの出身者だ。貴方一人と、他の全員。円滑に、かつ十分な効率を発揮するためにどちらが重要か、分かってもらいたい」
左右に展開した奴の取り巻きが、その言葉に合わせて首を縦に動かす。
「そういう事か」
「どうか分かってもらいたい」
駄目押しで言われずともよく分かる。
つまり、見知らぬ田舎の村で孤立無援になるという事。
逡巡:3アウルは諦め難いが、かといって現状何とかするのは難しい。さっさと引き払って別の手を考えるべきか、それとも――。
「……ん?」
思考を中断させたのは、建物の外から聞こえてくる怒号だった。
「なんだ?騒がしいな」
カーライルもそれに気づいたのか、音の聞こえた扉の方に目をやった。
と、同時にアメリアが俺と扉を見比べる。
「ユートさん」
「ああ……」
先程の話がすぐさま脳内に戻ってくる。
結局人間が一番怖い――自分の身近にいる誰かが実は魔物かもしれないという疑心暗鬼は、例え平時の大親友であっても特に苦も無く憎むべき敵に代わる。
「ちょっとどけ」
言いながらカーライル一行を押しのけて扉へ。
何ができるかは分からないが、複数人の怒鳴り合いを放っておけば、不要な犠牲者が増えるのにそう時間はかからないだろう。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません
今日はここまで
続きは明日に