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聖女と邪竜5

※ショッキングと思われる描写があります。

 敷地をぐるりと回って寺院の裏へ。

 元々人が集まることを想定していたのか、大きな平屋建ての建物が併設されたそこの前に立つと、何やら中から静かな声というか音が聞こえた。

 それがすすり泣く声だと気付いたのは、既にノックをして別の声が中から返事をしてからだった。


 「どうぞ。開いていますよ」

 男の声でのそれに扉を開くとただっ広い部屋の中から四つの目が俺たちを見ていて、すすり泣きの張本人が、構わず部屋の真ん中でそれを続けている。

 喪服を着た中年の女。部屋の中央に置かれた寝台――というよりもただの台――の上に寝かされて、全身を幌で覆われた人物の親族か何かだろう。

 扉の近くにいた初老の男二人=片方は古い僧衣を纏っている事から、この寺院を管理している司祭なのだろう。

 その男たちは一度俺の顔を見て、それから隣にいるアメリアの姿を見比べて、俺の正体に気づいたようだった。


 「冒険者ギルドの方ですね」

 もう一人の男がそう言って俺たちを中に招き入れる。

 「私がこの村の村長。こちらがこの寺院を管理されているボゴ司祭です」

 「どうも。アルメランの冒険者ギルドから参りました。一ノ瀬と言います」

 簡単に挨拶を交わし、それから検死――という程の事も出来ないが――に入らせてもらう。


 「さ、ヘッラ。一度外に出よう」

 「少し休まれないと、お体に毒ですよ」

 ヘッラと呼ばれた女はしかし二人の言葉に何も答えず、村長に肩を抱かれるようにして外へと連れ出された。

 「犠牲者の妻です」

 アメリアが本人に聞こえないよう小さな声で言う。

 「この度は……」

 一応去り際の彼女に頭を下げてそれだけ伝えたが、それが届いているのか、そもそも俺たちがここにいることに気付いているのかは分からなかった。


 「この方で四人目の犠牲者となります。発見されたのは三日前。先程の奥さんが前日の夕方この方の経営する果樹園から夜になっても戻ってこないことを不審に思い、翌朝探しに出た時にご主人が果樹園の中で倒れているのを発見なされました。付き添ったご友人と先程の村長によると、発見された時には既に亡くなってから時間が経っていたようで虫や鳥が集まっていたようです。すぐに探しに出なかったのは、魔物の話が出て村中で夜間外出禁止令が出ていたからで、奥さんも掟を破って探しに行こうかかなり迷ったようです」

 室内に残されたのが俺たちだけになったのを確かめてから、アメリアが説明しつつ、件の犠牲者の方へ歩み寄る。


 「それは……君が聞き出したのか?」

 「言ったでしょう?私は情報収集担当です。前もって乗り込んで色々調べる必要があるかと思いまして。まああの様子で、奥さんからは何も聞けませんでしたけど」

 そう言って僅かばかり得意そうに胸を張って見せたが、流石に状況が状況である。声もリアクションも控えめに抑えられていた。

 目の前の遺体が見つかったのは三日前。既に室内には強烈な臭いが満ち、ワンワンとハエの大群がうなりを上げている。

 あの様子ではまだ何も聞けそうにないが、奥さんの方にアリバイがあるか調べなければならない。


 「それは大したものだな。お疲れさん」

 それだけ言って、遺体を覆う幌に手を触れる。

 「……開けるぞ」

 確認と、覚悟。

 前職での配属一年目の時、労災のあった工場に行ったことを思い出す。

 プレス機に腕一本持っていかれた直後の現場だった。流石に本人はいなかったが、機械は被害者を救出した直後のままで、余りに生々しい状態だったのを覚えている。

 翻って、今。

 魔物に襲われた死体を確認するという状況で想定するべき外傷を頭に浮かべて、あの時先輩に習い、そして――朝飯と再会して――身に着けた感覚に切り替える。


 仕事に徹する。客観的に、解剖中の生物学者の様に。


 幌を外す。

 「うっ……」

 アメリアが声を上げる。

 「……外に出ていてもいいぞ」

 「いえ、大丈夫です」

 彼女の言葉を聞いて、自分も逃げ道が無くなったことを悟る。

 しばらく赤いものは食べられそうにない。そしてしばらく、この堂々たる断面を夢に見るだろう。

 反射的に手を合わせてから、仕事の目で見る。

 鑑識官でも解剖医でもないが、その真似事を精一杯やる。


 「被害者は中年の男性。腹部に大きな傷。左右のふくらはぎにも。腹は前から、ふくらはぎは後ろからだ……嚙みちぎられているな」

 分かることを声に出して自分の頭に刻み付ける。

 それから幌を使って――この世界に指紋を取るなんて科学的捜査がある訳ではないのは分かっているがなんとなく――抵抗したことを示す無数の傷が残る彼の腕をそっと持ち上げる。既に死後硬直は解けている。死後三日~四日という話と合致するだろう。


 そこでアメリアから補足情報がもたらされる。

 「発見された時、周囲はひどく荒らされていて、死体を引きずった跡があったそうです。背中にもその時に出来たと思しき無数の傷が出来ていたと」

 口調にいつもの彼女のような感じはなく、あくまで平坦に、台詞を読み上げるような調子だ。きっと彼女もショックを受けない方法を見つけたのだろう。

 「成程ね……」

 一度うつ伏せにしようと思ったが傷口を壊してしまいそうで――そして何よりそこからこぼれ出ているものをばら撒いてしまいそうで諦めた。仰向けで見えている僅かな部分だけでも、背中がひどい状態なのはなんとなく分かる。


 「ふん……」

 遺体はそれなりに大柄だ。それを引きずり回すとなると、それなり以上に力が必要だろう。

 そして傷の様子からして、人がやったようには思えない。

 「人間業じゃないな……」

 そう口にしながら、同時に辿り着いた推測を、今度はアメリアが告げる。

 「それに、動物や普通の魔物でもない」


 傷口はふくらはぎと腹。腹が致命傷になっているが、腹を襲える状況で牙のある動物や魔物がそこに最初に手を出すという事はまずない。

 傷口をよく見ると、いくつものそれが繋ぎ合わさっているのが分かる。即ち、まだ生きていただろう被害者に対し、執拗に同じ箇所への攻撃を加えて殺しているのだ。腕に出来た抵抗の痕跡がそれを物語っている。

 それに何よりふくらはぎの傷だ。ふくらはぎを狙えるような距離に近づいた場合=獲物の真後ろに接近した場合にわざわざそこを狙うという事もまた、考え難い。

 ――つまりこうだ。逃げられないように足を狙い、動けなくなった獲物に何度も、即死に至らない攻撃を加えて殺している。嬲るように、或いは楽しむように。


 つまり、人間業じゃない殺し方をする、人間のような何か。


 「人狼……」

 ふとアメリアの漏らしたそれが、俺の頭にも浮かんだ。

 だとすると次の可能性が出てくる。

 人間のふりをする人狼が、最も容易に溶け込み、かつ確実に獲物に近づく方法。


 即ち、ここの村人の中に混じっている。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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