聖女と邪竜4
ルーランに向かう道には、同じようないで立ちの冒険者と思われる人影がいくつか先行していた。ルーラン手前で街道は分岐するのだが、もしかしたらこいつらも同じ依頼で村に向かうのかもしれない。
左右にそびえ立つ山脈の間を抜け、山の代わりに荒れ地が広がり、その荒れ地との間に高い柵が設けられるようになってからしばらくして、緩やかな下り坂になっているその先に見えてきた、バンボルクのそれより大きな湖。
ルーラニア湖と呼ばれる、ルーランの名の由来になったそこを手前にして、街道は湖の南岸沿いと北岸沿いに分岐する。
南岸の方が道が大きく、交通量も多い。
そして対する北岸は馬車がすれ違うのにも厳しそうな程度のものしかなく、その道が示すように交通量も疎らだ。
その人の行きかう事のない方の道の先に目指すルーランがある。
果ては王都へと通じている南岸の道に別れを告げ、人気のないルーラン方向へ。
先程の冒険者たちはどうやら別の目的地に向かうようで、時折人が行きかう南岸の道を進んでいる。
空は昨日と相変わらず青く晴れ渡っているのだが、なんとなくこの北岸に陰気な印象を受けるのは、ただ人がいないからか、みすぼらしい道だからか。
或いは、湖越しに見える目的地がのどかな田舎というのんびりした言葉で表すのは少し違うと思うような問題を抱えているからか。
ルーラン村には、夜ごと魔物が現れる。それが今回の依頼の発端だ。
先月頃、夜に村人が行方不明になり、翌朝には無残な姿で転がっているという怪事件が発生。村人はどこかから魔物が入り込めるような壁や柵の破損があるのではないかと疑ったが、全くどこも問題はない。
そうこうしているうちに次の犠牲者が現れ、また次、また次と、犠牲者は増えていった。
大した盛り場もない田舎の村、かつても夜は早かったらしいが、今では皆死に絶えたように静まり返り、どこの家も扉はおろか窓一つ開けずに早く夜が明ける事だけを祈っている有様だとのことだ。
その村の入口、石垣のような壁の上に通った水道橋を潜り抜ければ、そこが件のルーラン村だ。
「おお、冒険者の方か。早い所何とかしてくれ」
水道橋の下にいた衛兵に通行証を見せると、すぐにそう言って中に通してくれる。
見れば彼も、その奥の掘っ立て小屋のような詰め所にいたもう一人も寝不足の顔をしている。
彼等も夜ごと、どこに潜んでいるか分からない魔物相手に神経をすり減らせているのだろう。
とにかく、門を越えて村に入ると、最初に目につくのは左手側=湖のほとりに立っている大きな取水塔だ。
石塁の上を走っていた水道橋はここから汲み上げた水を内陸にあるため池に運んでいる。
村の北側、緩やかな丘に何か所か設けられたため池は、村を囲むように広がっている果樹園にその水を供給している。
この果樹園が、この寒村の唯一の産業だった。
荒れ地を開墾して造られたのだろうそれ以外に、この村に金を得る手段などない。
湖は淡水で、ここより北西でそこに注ぎ込んでいる川と共に生活用水としては使えるが、あるものといえばそのぐらいだ。
荒れ地を耕し、木々を育てて果実を収穫し、それをそのままか或いは加工――と言っても目玉となって市場でもてはやされるような商品を作る技術もない――してドライフルーツやジャムを作り、街道に沿ってバンボルクや西側の町に売りに行く。それがこの村で産まれた者の、その時点でほぼ決定している人生だ。
そうしたプロセスのどこかに関わって細々と生きていくしかない。それが嫌なら、今言ったような町に出て行って出稼ぎをするしかない。
言わば土地にしがみつかなければ生きていけないのだ。その土地で安心して暮らせないとなれば、成程大ごとだろう。
平時なら村で一番人通りが多く市も開かれるという湖のほとりの丁字路も、今では閑散として、時折通りかかる村人たちは、見慣れぬよそ者に胡乱な目を向けながら、遠巻きに様子を伺っている。
「……」
まあ、無理もない。そういう事情だ。
「確か、こっちだったな……」
その視線を感じながら、果樹園方面に足を向ける。
向かうは村の寺院――というか祈祷所と呼ばれる宗教施設。
この世界に広く信じられている宗教は、こうした田舎にも寺院を構えているが、田舎においては大概の場合そこが公民館と、場合によっては村役場の機能を兼ねていたりするものだ。
アルメランを発つ前に確認した依頼内容を思い出す。ギルド職員からも説明を受けていたが、到着したらまず村の寺院を目指せとのことだった。
果たして、件の寺院はすぐに見つかった。
建物が疎らになって、歩いているのが村の主要道路なのか畑の間を抜ける農道なのか区別がつかなくなってくる辺りで右手側にポツンと建つ、背の高い石の塔を備えた建物に人が集まっている。
その入り口にパノアの南岸で見た一対の像=主神像と女神像が、今度は完全な形でお出迎え。
「あっ、ユートさん」
そしてそこで、懐かしい知った顔が一対の神像と共に俺を迎え入れた。
「ああ、どうも」
公爵の使いのアメリア。
エルバラで出会った時と同じようないで立ちの上から胸嚢を纏っていて、腰には細身の剣を一振り提げている。
どうやら今回はただのスカウトではないらしい。
「ユートさんも参加するんですね。今回の魔物退治」
「も、ってことは……」
「ええ。私もですよ」
彼女に戦闘能力があるのかは不明だ。参加したという事は皆無という事は無いのだろうが、なんとなくその姿や雰囲気、そして俺の知っている彼女の仕事=公爵の使いという所から前線に立って戦う姿は想像できない。
俺のその疑問を見て取ったのか、彼女は腰間のものを弄びながら付け足した。
「まあ、私は直接戦闘ではなく、後方での情報収集が担当ですけどね。……こういうの持ってないと誰も冒険者だと信じてくれないんですよねぇ」
いたずらっぽく笑いながらそう言って肩を竦める。
「情報収集ねぇ……」
今回目覚ましい活躍をしたものをスカウトする……恐らくそういうのも仕事に含まれているのだろう。
だが、俺のその内心には気が付かなかったか、彼女はさっと身を半身にして俺に小さな寺院の全容が見えるようにすると、そちらを指さした。
「そう。それで、この建物の裏が臨時の死体公示所になっていますので、任務の一環として見に行きませんか?犠牲者の死体を見れば何か分かるかもしれませんし」
その内容のわりに口調は平時と変わらない。
もしかしたら、こういう経験=魔物にやられた人間の死体を見るのが初めてではないのかもしれない。
「……そうだな」
彼女の後に続いて寺院の裏へ。
こちらに来て前職の経験が活きた事は何度かあったが、死体、それも外傷を負ったそれへの耐性も、そこに含まれるのかもしれない。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に