聖女と邪竜3
依頼内容にざっと目を通す。
依頼主はルーラン村。だれか個人ではなく村そのものが不特定多数の冒険者に依頼を出している。
それなりの人数が必要なようで、ここアルメランの他にバンボルクのギルドにも同様の依頼を出したらしい。
バンボルクはアルメランと依頼したルーラン村のちょうど間辺りに位置する町で、アルメラン程ではないがそれなりの規模のギルドが設置されている。
応募条件は三年以上の活動実績。俺なら問題ない。
肝心の内容=先月頃から村に出没する魔物と思われる存在の駆除。詳細不明。
3アウルは、その魔物を討ち果たしたものに支払われる。
勿論参加した者にも報酬はあるが、そちらはこの際どうでもいい。
「詳細不明……」
その部分を口に出すと、親父さんが依頼をフォローするように口を開く。
「まあ、村の連中が書いたものだ。話を聞いてしたためたのはギルドの職員だろうが、恐らく本当にどんな魔物か分かっていないんだろう」
恐らく彼は、俺がその部分で二の足を踏んでいると思ったのだろう。
付け足すように言葉を続ける。
「珍しい話じゃないだろう?完全に全ての情報が判明している魔物退治なんて存在しない。不測の事態なんて冒険者にはつきものだ」
それはまさしくその通りだった。
だが、一つだけ親父さんは思い違いをしている。
俺がこの仕事を躊躇するかもしれないというその考えだ――もっとも、俺の事情など知らないだろうから当然ではあるが。
結局、翌日には俺はルーラン村に向かってアルメランを発った。
村にはアルメランの西、街道に沿って内陸部に進んでいった先にある。その街道上にあるバンボルクまで向かうのが今日の目標だ。
バンボルクからルーランまではゆっくり歩いても精々半日。対してアルメランからバンボルクまで馬車などを使わず歩けば到着は夕刻になる。
貧すれば鈍するではないが、今は少しでも金を節約しなければならない。
ギルドで聞いた話では全ての人間が集まる二日後に作戦開始との話だった。前日に現地入りできれば十分だろう。
しばし街道を進む。
頭上には青空が広がり、上空は風が早いのか綿菓子のような雲がすいすいと流れていく。
その平和な空の下に目を向けると、同じくなんとものどかな光景が広がっていた。
広々とした野原に雲の影が流れ、その向こうに放牧中なのだろう羊の群れが小さく見える。
反対側に目を向けると、小さく見えるのはこちらの世界に転移してきた時の森。
結局、こっちの世界に慣れてものっぴきならない事態には変わりない――その景色を眺めながら、頭の中に湧いてきたその言葉を振り払うようにもう一度空を見上げる。
先程とは異なる雲が丁度太陽を隠し、先程までと同じように風に流されて離れていった。
バンボルクに到着したのは予定より少し早い時間だった。
南北を高い山脈に挟まれた街道上で、それを塞ぐようにそびえ立つ市壁が距離を詰めるにつれ徐々に大きくなってくる。
あの壁の向こうには湖が一つと、ここからでも見える高い塔。そしてその周りに広がる現在までの様々な時代の建物。
バンボルクは歴史ある町だ。現在のマルケ第二王政よりも前、三十年程続いた共和制時代よりも古い第一王政の頃には既に人が暮らしていたと言われており、その頃から今まで変わらず、この谷底の道のオアシスの町として機能していたそうだ。
そのオアシスへ。
壁の中に入ると、街道上の町にしては大人しいが、それは到着が早かったせいもあるだろう。
東西の門が閉じる直前ぐらいになると、どっと人でごった返す。
この谷底には他に町はないし、町の周囲の関所にも宿泊施設はない。
その証拠に、宿を探して町をうろついているうちに、徐々に人が増えてきているのが分かった。
「……早い所宿を取った方がいいか」
一番安い木賃宿へ。
当然ながら、そういう場所でジェルメたちに雇われた時のようなベッドでの夜は期待できない。
「いらっしゃい」
「男一人」
「今はベッドロールしかないよ」
「それでいい」
陰気な婆さんが一人で切り盛りしているフロントで代金を渡すと、かび臭い奥の部屋――というか空間――に通された。
恐らく納屋か何かだったのだろう場所で、壁どころか屏風の類すらない完全な雑魚寝。
今はベッドロールしかないと言っていたが、穴だらけの壁と、白アリが行列を作っている四隅の柱以外に何もないこの部屋に、まるで違う時期ならハンモックを吊るせるかのような言い方は多少の見栄だったのだろうか。
まあ、何でもいい。
幸い虫よけも持ってきている。もっと言えばかゆみ止めと最悪の場合を想定して解毒剤も。
徐々にオレンジ色と薄暗い闇が広がってくる外の世界を見ながら、アルメランを出る時に買っておいた食糧を取り出して口にする。
木賃宿と言ってはいるが、本来の意味でのそれを期待してはいけないという事を、これまで何度も経験してきた。この世界のこういう所では豆と干し肉を渡して具無しスープが出てくるなど珍しくもない。何なら寝具がある時点でここはまだマシな方だ。
衛兵のいる町なのに加え他の宿泊客もろくにいないため金品を奪われる心配が少ない事を喜ぶべき場所だ――他の客のせいにして宿屋側が荷物を漁ることがないという意味で。
「……」
もそもそと食事を終え、適当に身支度を終えて歯を磨く。意外な事というべきか、こちらの世界にも歯磨き粉が存在する。粉に少量の水を加えて練って使う代物で、これをトイレ掃除に使うブラシを小さくしたような形の歯ブラシに塗って口に突っ込む。
それを終えると己のベッドロールへ。
かび臭いような臭いを我慢して何とか眠ろうとする。こういう時はすぐに寝てしまった方がいい。眠ればすぐに朝が来る。
――明日の朝はまず風呂屋に行ってこびりついた臭いを落とすべきか。
翌日、まさにその通りの行動をしてから、昨日と反対側の門から町を出る。
振り返ってみると、町の中央に立つレンガ造りの塔が朝日を浴びてその頂上を光らせていて、かつて街道を進む旅人たちにとって陸の灯台となっていたという逸話を再現しているかのようだった。
その灯台から遠ざかるように、俺は谷の残りの部分を西に向かって歩き出した。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません。
今日はここまで
続きは本日19~20時頃に