聖女と邪竜2
頭を悩ませながら、ギルドの扉を開く。
いつもの賑わいの中をいつも通り、無数の集団――パーティだったりそうでなかったり――の間を縫って、外の通りを歩くように通り抜けていく。
目指すは奥の一番大きな掲示板。
主要な依頼はここに張り出され、めぼしいものがあれば業務局のカウンターに行ってそれについて話を聞いたり、請負申請を出すことになる。
申請が通り、依頼主と折り合いがつけば晴れて契約成立だ。
ものによっては交渉の余地もあり、それによって報酬を吊り上げることも出来る。
――だが、それはあくまで運がいい時の話。こんな状況でそんな都合のいい巡り合わせなどありはしない。
「……」
しばし掲示板とにらめっこ。
正規の仕事は数多いが、今の俺の条件を満たすそれは、その中でさえもかすりもしない。
まあ、無理もない。
二十日間で3アウル6アルギス稼ぐ仕事など、そうそうあるものではない。
故に短期間の仕事を連続させ――或いは可能なら日に数軒掛け持ちして――稼ぐ作戦だったが、消耗品や装備の調達、その他諸々の経費を考えるととてもではないが無理だ。
いっその事借金するか。ギルドには冒険者支援基金が存在する。
「いや……」
だがその案が浮かぶと同時に思い出す。基金はあくまで駆け出し冒険者が装備を揃えるためであったり、諸々の事情でこの仕事を続けられなくなった者への失業保険的な意味合いが強い。
つまり、中堅どころに足を突っ込んでいる五体満足の男に融資してくれる理由は何もないということ。
堅気の金融業者も考えたが、冒険者など、基本的に社会的信用はない。
余程の有名人かフェロンや堂上のようなケツ持ちがいる者以外は門前払いだ。
では町の高利貸しは?大金を借りることはできるが、返済の目途がいつ立つのかも分からない。そして時間が空けば空くほどに返済は難しくなるのはどこの世界も共通だ。高利貸しの名は伊達ではない。
「……」
ふと頭をよぎる危険な考え。金を借りるという部分からの狂った飛躍。
認可を受けた訳ではない金貸し=闇金業者は大概バックにその筋がついているのはどの世界も共通だが、少なくともこの世界では誰もがそうという訳ではない。
スカベンジャーで知り合った闇金に聞いて、そういう“系列外”の業者を脅して巻き上げる――当然ながら、即却下する。倫理的な問題や、その後の身の安全を抜きにしても、余りに可能性が低い。こちらの世界のそうした業者は変なところでお堅いというか、一種の官僚主義のようなところがある。つまり、どこにも属さず大金を持ってぶらぶらしているような都合のいい業者などそうそういないという事だ。
「どうするか……」
本格的に手が無くなってくる。
何かいい手はないか。何とかして金を用意する方法は――。
「……いいよなぁ。シューヤさんは凄い能力があって」
聞こえてきたその声は、当然ながら俺に向けられたものではなかった。
堂上に対する若い冒険者の羨望――これまで何度も見てきたし聞いてきた言葉。
そしてそれを聞いているのだろう、別の男の声がそれに応じる。
「物質変性だっけ?あれがあればいくらでも稼げるだろうからなあ」
物質変性。それが堂上が俺の元を離れて=俺が奴を追放してから名を挙げる事となった原動力だった。
その名の通り、物体を作り替える能力。いくつかの制約はあるらしいが、それでもかなり融通は効く。石炭をダイヤモンドに変えられる能力と言えばイメージしやすいだろうか。
奴は俺のかつてのパーティの消耗品を勝手に売り払っていた。それで利益を上げた理由がそれだ。回復薬や魔石といった品々を自らの能力で作り替え、より強力な代物に変えて冒険者相手に売りつける。
そうすることで得た利益をパーティに還元していると奴は説明していたが、他のメンバーの同意なく消耗品を処分した事についてそれで許すことは出来なかった。
何より、奴自身がその能力で作り上げた強力な品を、俺たちに隠していたことに不信感を覚えたというのは大きかった。
――もっとも、今となっては意味のない憤りだ。今話している連中にとっても、それ以外のこの建物にいる全ての人物にとっても、俺は「自分の能力にのぼせ、優秀なスキルを持ったメンバーの実力を見抜けず、或いは嫉妬してパーティを追い出した無能」なのだから。
そのいざこざの原因となった能力を持っていれば……ふとそんな事を思う。
ここにジェルメがいれば、奴から虫を買う事も考えるかもしれない。
「よう」
「!?」
その折に急に声をかけられ、慌てて表情を作りながらそちらに振り向く。
「ようやく復帰か」
「ああ……まあ、そんな感じですかね」
振り返った先の親父さんは、どこか安心した様子だった。
俺のその回答に満足げに頷くと、その大きな手でポンと俺の肩を叩く。
「実績を積みなユート。この世界は誰の口よりそれの方が雄弁だ」
それが近くで聞いているだろう若手たちに聞かせる言葉だという事は分かっていた。
若手たちの世話を焼くベテランが、口一つ、肩書一つで実績など捻じ曲げられるという事を公に認めることは絶対に出来ない。
それに、堂上程の名声は無理にせよ、実力によって黙らせることができるのもある程度までは事実だ。
――問題は、そうなるまで実績を積み重ねる時間的余裕がないという所だが。
そんな事情を知ってか知らずか、親父さんは魚の鱗のようにびっしりと張り出された依頼を示して言葉を続ける。
「見ての通り、そして知っての通り、ここにいくらでも仕事はある」
そこから声を潜め、その中から引っ張り出した一枚を俺に見せた。
「この辺りはどうだ?腕っぷしが物を言う最たるものだ」
最初に目についたのはその内容ではなく、報酬額。
最大で3アウル。
あまりに都合のいい話。
だが、無視することは出来ない話。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に