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聖女と邪竜1

 パノアの一件から一か月ほどが過ぎた。

 季節はもうすぐ夏が見えてくる頃だが、この辺りの夏は日本のそれとは異なる。

 気温こそ上がるが、湿度は低い――と言ってもあくまで日本に比べてであって、現地人からすると盛夏は堪えるらしいが。

 また、コンクリートジャングルも存在しないため、幾分過ごしやすい。30度を上回るのは精々一番暑い時期だけで、それですら体温のようなものではない。


 つまり、かなり過ごしやすい気候という訳だ。


 だが、その季節を前にして、俺は随分憂鬱な気分で、ギルドに向かっていた。

 その憂鬱の原因は昨日、今向かっている場所で起きていた。




 「よう友よ」

 そう言ってロビーで声をかけて来たのは、俺をそう呼ぶ唯一の人物=ハジェス。

 「頼んでいた件か?」

 「それもあるんだがな」

 その答えを聞いた瞬間、俺の第六感がしっかりと警告していた。こいつは面倒な話を持ってきている、と。

 そしてその直後、俺は自分の感覚が鈍っていないことを知らされた。

 「まあ、こっちに来てくれ。あまり大勢に聞かせたくない」

 ロビーの隅、人気のない一角に呼び出される。

 「お前さんの最近のお仕事相手についてだ」

 開口一番奴はそう言った。

 俺の最近の仕事相手=思い出す必要もなく、一人しかいない。


 「あの女、ギルドが嫌っているという事は知っているか?」

 「俺が何の話か分かっていないっていうのは知っているか?」

 当然、それぐらいで引き下がってくれる相手ではない。

 「とぼけるのは無しだぜ友よ。俺の情報網を知らないって訳じゃないだろう」

 「……で?俺の雇い主があの女だと何か問題があるのか?奴がここの壁に立ションでもしたって?」

 「まあ聞いてくれ」

 これ以上はやめておこう。どうやらこいつは今俺をターゲットにしている。

 そしてこいつの性格上、こういう話をする時は万全に調べ尽くしてから動いていると見て間違いない。

 つまり、言葉の上での抵抗は無駄だという事。


 「あの女がただの薬売りじゃないってことは俺も知っている。あいつの商う虫があれば、俺のようなただの人間をあんたらのような能力者にすることが出来るんだろう?で、ギルドとしてはそれを放っておく訳にはいかない。何しろ『冒険者の活動支援及び効率的かつ適切な保護管理にって社会の安定と発展に寄与する』ことがギルドの存在理由だからな。自分たちの把握していない能力者がその辺で産まれちゃ困るのさ」

 ジェルメについては全てお見通しのようだ。

 そしてギルドにとって奴が目障りであるというのも事実だろう。


 建前上は勿論、今や王家に並ぶかそれ以上の存在と言っていい程の権力を持ちつつあるギルドだが、その最大の強みは『常人を上回る何らかの特殊能力を持った能力者を冒険者として多数抱え込むことが出来ている』という点にある。

 過去にはギルドと大貴族との間に発生した諍いで、ギルド設置国から許可を取りつけ、武力による制裁を加えたこともある。ギルド設置国全てが批准している国際条約によってそれが認められた以上、今やギルドは冒険者を束ねることで国家と対等に渡り合う存在となったのだ。


 それからしてみれば、自分たちの管理から離れた能力者の存在など、許しておくはずがない。


 「だが安心しろ。俺とお前は友達だ。これからもそうでありたいと思っているよ。だから、その友達がくだらない規則違反でお縄になったり、保安部の執行リストに載るようなことにはなって欲しくない」

 随分と回りくどい言い方だ。

 つまり俺から次の言葉を待っているのだ。

 「……で、いくら欲しい?」

 「話が分かるな。内容が内容だ、それなりの値が付くが……」

 「……言ってみろ」

 「7アウルは欲しいね」

 「なっ……」

 そんなものをポンと払えるのは一部の豪商か貴族ぐらいのものだろう。


 「すぐに用意できる額ではないぞ」

 「分かっているさ。だから期限を設けてもいい。あんたの態度次第で」

 こいつはハジェスと付き合う時の専門用語だ。

 つまり、いくらかこの場で渡せば支払いを待ってやるという意味だ。


 懐の具合を考える。

 あと数日早くこいつが来てくれれば――いや、来ない方がいいに決まっているのだが――払えないことはなかったかもしれない。

 パノアの一件でベルナルド家から貰った口止め料は今日までで少しずつ使ってしまった。

 生活費や装備品のメンテナンスに消耗品の補充、そして以前待ってもらったそれらへの支払い。

 そのほかに所謂遊興費に当たる出費――人が生きていくのには色々必要なのだ。肉体的にも精神的にも。


 「……3アウル10アルギスでどうだ?」

 一瞬沈黙が流れた。

 お互いが黙り、互いの顔を見合う。

 一年間そうしていたような気持になるぐらい経ってから、奴がおもむろに口を開いた。

 「うーん……まあいいだろう。それじゃ、聖鷹(せいよう)祭りまで待ってやる」

 聖鷹祭り。この国で昔から行われている祭りだ。

 豊穣の神が鷹に姿を変えて大陸中を飛びまわり、人々に恵みを与えたという神話にまつわる祭りで毎年この時期に行われる。

 あと精々二十日。それまでに残りの3アウル6アルギスを用意しなければならない。


 そしてその時まで、今の交渉で守り切った1アウルで生活と仕事とをやりくりする必要がある。

 そしてそんな時に限って、ジェルメとの連絡は途絶えていて、他に確実に大きな儲けになりそうな――即ち、スカベンジャーの仕事はとんと入ってこないものだった。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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