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連鎖23

 当の本人は一切沈黙を守っている。

 この状況でのそれも、勿論肯定と同義だろう。


 「え……、それって……」

 まだ信じられないと言った様子のシラが、二人と、時折俺の顔も見比べている。

 自分の認識に間違いないという事を確かめたいのか、或いはまだ認識できていないのか。

 そして発言者はそんな助手に実行犯に代わって説明を始める。

 「恐らくだけど、取引の場所と日時が決まってからこの辺りの連中に情報をばら撒いたのだろう。もしかしたら、何人かは魔女ではなく彼女についた住民もいたかもしれないね。で、私たちが町に到着してからずっと、そいつらが監視していた。もしかしたら彼女自身も監視していたかもしれないし、それが出来なくても情報を漏らした現地住民の動きを見ていればどこに誰がいるのかは分かる。当然、そいつらが情報を伝えることで魔女がどう動くかという事も、ね」


 町に入ってからずっと感じていた視線を思い出す。

 もしかしたらあの中に、この狩人のものが混じっていたのだろうか。

 「後は簡単だ。取引を終え、すぐにその場を離れる。餌の場所はしっかりと見せてある。どう動くのかを監視して、ターゲットが食いつくのを待てばいい。あの混乱の中でなら、より自由に動き回れただろうしね」

 それであのタイミングで介入出来たと考えれば、確かに辻褄は合う。

 考えてみれば、魔女ことフランシスが姿を現し、なおかつ護衛を失って丸裸になった状況など、これ以上ない絶好の機会だっただろう。

 流石は狩人という訳だ。獲物の誘い出し方をよく心得ている。


 そこまでの説明の間、ずっと沈黙を守っていたその狩人に不意にジェルメが近づいて、長らくの友人のように肩を抱いた。

 「違う……かな?」

 「……ご名答」

 ぼそりと漏れたその言葉に、どういう感情が込められていたのかは分からない。

 うつむき気味の彼女の表情は、俺の場所からはよく見えなかった。

 そしてそれを唯一ちゃんと見られる位置にいるジェルメ=餌にされた張本人は、馴れ馴れしく肩を抱いたまま、耳打ちするようにそっと語り掛けた。


 「やっぱりね……。幸い、私たちは誰も大きな怪我もしなかった。それに積年の恨みを晴らしたいとなれば、多少の犠牲を誰かに強いることもやむを得ないと考えたとしても何もおかしくない。だからあなたには情状酌量の余地があると言ったのはそこだよ。……でもね」

 「ッ!」

 その接続詞がスイッチになった――女狩人が顔を上げるのと、ジェルメがその胸倉を掴むのと。

 ついで、それを見た俺が反射的に制止しようと声を発するのと。


 「あっ、おい――」

 「シラは危ない所だった!あと少し何かが違っていれば大ごとになっていた!!……いいか?もしそうなったら私はお前を絶対に許さない。忘れるな。虫も能力者も無敵じゃない。虫下し位いくらでも用意できるんだよ」

 思えばそれは、初めて見る真剣に怒ったジェルメの姿だった。

 普段の飄々とした、どこか適当にさえ思える態度しか知らない俺には、目の前にいるのは別人なのではないかと思うほどの怒り。

 胸倉を掴む手が、元々色白な肌を更に真っ白に変えていた。


 「……済まなかった」

 その気迫が、その謝罪を絞り出したようにさえ見えた。

 そして今度は、それがスイッチになったようだった。即ち、ジェルメが元に戻るためのスイッチに。


 「……で、これからどうするの?」

 そっと、一つずつ動作を確認するように手を離すジェルメ。

 力を抜き、指を開き、腕を引く。ゆっくりとしたその動作を終えてから、いつもの、俺やシラに対する調子でそう尋ねた。

 「……今度こそ殺す」

 対する女狩人の回答も、またそれまでと同じ調子に戻っている。

 「そう……」

 「恐らく、家に匿われているというか閉じ込められているのだろう。前より難しくなっているはずだ。だがそれでも……それでも、わたしはやる。この手で奴を、必ず……殺す」

 ただの恨みではない。

 いや、ある意味これこそが恨みなのだ。ただ気に食わないとか腹が立つとかではない。静かで暗くて、ぞっとする程に重苦しく響く。


 だがそれを受けた当の質問者本人は、ただ淡々と答えていた。

 「あの女は放っておいても長くはないよ。実年齢は40前後だろうけど、しゃれこうべを失ったことで急速に老いた肉体は、もう90歳ぐらいだろうしね。それにあの手の輩は決して自分の罪など認識できない。どこまで行っても自分は悲劇のヒロインで、理不尽な被害を受けているとしか認識できないタイプの人間というのは、確実に存在するものだ」

 諭すというよりも、どこか物悲しいような、苦笑いのようなものを浮かべる。

 「或いは、肉体と共に衰えた頭では自分が何者で何のために今日まで生きてきたのかさえ、覚えていないとしてもおかしくはない」

 そうも付け加えると、それでおしまいとばかりに踵を返して俺たちの方へ戻ってくる。


 「……まあ、自分の人生をどう生きようが、それはあなたの勝手だ。好きにすればいい。クズに代償を支払わせるもよし。憎しみ続けることから解放されるもまたよし……、まあ釈迦に説法だろうけどね」

 「……ありがとう」

 消え入りそうなその声に、どういう感情が込められていたのかは分からない。

 確かめようにも、彼女は既に踵を返していた。


 「それじゃ、改めて。貴方の第二の人生が実り多きものでありますように」

 その背中をジェルメの声が追いかけ、彼女は振り返らずに手を挙げて応じると、すぐにひらりと人混みの中に消えて見えなくなった。


 「……さて!」

 今度こそ全てが終わった。

 そう確信したのは、仕切り直しとばかりにポンと手を叩いてジェルメがそう切り出した時だった。

 「宿を探しましょうか」

 そう言って、いつもの調子で足を宿屋の並ぶ通りに向ける。

 「せっかく臨時収入もあることだし、ちょっといい所に行くのも悪くないかもね。お昼も食べ損ねたし」

 口止め料はそれぐらいの散財ではとても使い切らないぐらい貰っている。

 安全な北岸でなら、多少羽目を外したいと思うのも無理はない。


 「おっと」

 とはいえ、俺は護衛で来ているのだ。彼女一人を先行させる訳にはいかない。

 「……ん?」

 近くによって彼女の顔を見た時、不意にある疑問が頭をよぎった。

 ハンスの一件は今から20年ぐらい前だ。

 そしてあのフランシスの実年齢は40歳前後だろうと、先程ジェルメは言った。

 その20年前の事件に際してハンス逮捕のために立ち上がったフィーリックス氏に虫を売ったというジェルメが。


 「……」

 彼女の見てくれは精々20代だ。

 「……ああ、護衛さん」

 そんな俺の心を読んだのか、彼女は刀傷の縦断する方の目でウィンクを一つ寄越した。

 「誰にだって、秘密にしたいことはあるものだよ?」

 「……仰る通り」

 「分かればよろしい」

 もしかしたら本当に魔女かもしれないその護衛対象の前に立って、俺は宿屋の並ぶ通りに向かって歩き出した。


(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ございません。

今日はここまで

続きは明日に

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