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連鎖22

 「えっ……」

 突然の紹介に思わず声が漏れる。

 が、そのご本人は何の反応もない。恐らく事実なのだろう。


 「ここから先は、そのご本人に聞いた方が確実だろうね」

 ジェルメがそう促すと、こちらに向かってきていたそのモレット家の女性は整理をつけるように少しの間黙り、それから昔話をするような調子で口を開いた。

 「……ハンスは私たちの家に押し入った」

 ぼそり、ぼそりと言葉が続く。

 「……あの家には金があるはずだ。多分そんな風に思ったのだろう。奴は我が家に忍び込み、そして物音に気付いた父と鉢合わせた」

 何となく、その先が分かった。

 見つかってすぐに諦めるような空き巣だけではない。


 「……父は刺され、それが元で死んだ」

 予想通り。

 そしてお悔やみの言葉をかけるよりも、彼女の未だに消えぬ恨みが込められた言葉が続く方が速い。

 「父は死に、家には親切な顔をした詐欺師共が入り浸るようになって、母も私も気が付けば何もかもを奪われていた。母はやがて幼い私を残し失意のうちにこの世を去り、私は猟師で生計を立てている叔父の家に預けられた。ハンスが衛兵の手から逃げおおせたのも、その日我が家に買い付けのための資金が保管されていたのも、あの女が実家の伝手でどこかから知り、それをハンスに伝えたのだと知ったのは、それから何年もしてからだった」

 彼女があの魔女を撃った理由も、ジェルメの虫を求めた理由も、これでやっと判明した。

 そして、その積年の恨みを晴らす最大のチャンスは、絶妙なタイミングでの衛兵隊の介入という形で失われてしまったのだ。


 「……あの女だ」

 絞り出されるようなその声は、モレット家の生き残りを通して地の底から響いているように重かった。

 「あの女が、くだらない見栄と反抗のためにハンスを永らえさせ、それが父を殺した。……あいつが殺したようなものだ。そのくせあの女は、自分だけが被害者といった面をして、のうのうと復讐だなどと……ッ!!」

 「復讐……?」

 「復讐……ですか?」

 俺とシラは、その言葉に同時に反応した。

 あの魔女ことフランシスの立場から、一体誰に復讐するというのだろう。

 ハンスを殺した衛兵隊?それともベルナルド家?


 いや、実際に奴が殺そうとしたのはそれらではない。

 俺の知る限り、そして恐らくシラの知る限り、狙われていたのは一人だけ。

 「分かっているでしょう?私だよ。あの女の復讐の相手は」

 モレット家の生き残りと自分の間を交互する俺たちの視線に対して、予想済みと言った様子で答えたジェルメだけだ。


 「モレット家の事件の後、そして彼女が叔父上に引き取られた後になってベルナルド家でも事の真相を、つまりはフランシスがハンスの逃亡を手引きし、次の襲撃先の情報を伝えていたこと。そして、ハンスに家から持ち出した金品を与えていたことを知ったベルナルド家は大騒ぎになった。すぐさまフランシスは自宅に軟禁され、ベルナルド家の家名と多額の金を動かすことで方々に口止めを図った」

 ちょうどさっきの私たちにしたようにね。と付け足す。

 自分の所の娘が犯罪者とつるみ、それを助けて被害を拡大させ、結果死人が出た。そのような一大スキャンダルであってももみ消せるだけの家柄とは、いやはや大したものだ。


 「事態の収拾のため自ら解決に乗り出したベルナルド家だったがフランシスは家に軟禁状態になっても頑として口を割らない。それどころか悲劇のヒロインとして自己陶酔を続ける始末。そこで立ち上がったのが、当主の弟であるフィーリックス氏だ」

 なんとも情けない話だ。

 実の娘が犯罪に加担している可能性があると言いながら、自己陶酔に浸るような余裕を持たせておくなどとは。

 まあ、そんなだから娘が跳ね返りついでに犯罪者と付き合うようになるのだろうが。


 「フィーリックス氏は兄の事業に協力的であったし、今の当主、つまり自分の甥を我が子の様に可愛がっていた。その甥が事件に関して辛い思いを強いられているのを見て、自らハンスを取り押さえんとした。そして抜け目のない熟練の盗賊であるハンスを相手にするために、彼が何を求めたか」

 「ああ……」

 そこでようやく話が繋がった。

 そのフィーリックス氏が求めたのは虫だ。

 そしてハンスは捕らえられて処刑された。

 フランシスの視点で考えよう。誰を恨めばいい?叔父とその叔父に余計なものを売りつけた目の前の女だ。


 「間抜けな話だが、ハンスが捕らえられ相応の最期を迎えた後、ベルナルド家はフランシスの脱走を許してしまった。もしかしたらハンスからノウハウを教わっていたのかもしれないが、まあとにかく、逃げ出したフランシスは発覚と同時に勘当され、行方を捜していたが、遂に見つからなかった。そして……当のフランシスはどこで身に着けたのやら、死霊術師として戻って来た」

 そして、南岸を根城にして復讐のチャンスを待っていたのだろう。

 それが事の真相だった。

 ――いや待て。何かがおかしい。


 「……ふん」

 頭の中で整理する。

 フランシスは死霊術を覚えて戻って来た。何故?復讐のためだ。誰に対する?叔父とジェルメ――復讐のチャンスを待っていたところに復讐対象が向こうからやって来た?まあそういう場合もあるだろう。だが、それを知って即座に人をあれだけ動員して道を塞ぐまで出来た?それはあり得ない。


 つまり、ジェルメが訪れることを事前に知っていなければ、今回のような襲撃は出来なかったはずだ。


 そこに至った時、ジェルメがぼそりと、独り言のように告げた。

 「さて、見ての通り私もこっち二人も無事だ」

 口調からは分からないが、その内容から向けられているのがモレット家の生き残りの女狩人であるという事は分かった。


 そしてその口調のまま、彼女は続けた。

 「――だから、あなたが情報をリークしたことについては、多少は情状酌量の余地がある」

 その発言に対して、モレット家の生き残りが見せたのは沈黙だった。

 こういう場合、それは肯定を意味する。

 「私ももっと早く気付くべきだったね。……あなたなのだろう?事前にあそこの住民たちに情報をリークして、魔女をおびき出したのは」


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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