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連鎖21

 「そうね……」

 ジェルメはそれだけ言って、ふと遠くを見た。

 昼時を過ぎ、目の前の橋を渡る人の数は、南北どちらからも少なくなりつつある。

 とはいえ、それなりの通行量を誇るそこを見るでもなく見つめながら彼女は続けた。


 「まずはこの町の歴史から話す必要があるわね」

 それから、視線を俺とシラの方へ。

 「パノアが木綿の貿易で大きくなった町だっていうのは、知っているわね」

 「ああ」

 川を使った水運業と、より大型の船で沖合に出る海運業、そしてそれらによって取引される木綿に関わる紡績業や織物業。それらによって発展したのがこのパノアの町だ。

 しかしその発展の恩恵に与れたのは、あくまでこの北岸だけ。

 設備その他の整わない南岸は発展に取り残され、先程まで彷徨っていたようなスラム街と化している。


 「そのパノアの急成長に上手い事のって一山当てた者が多いのがこの北岸。そしてその中でも特に著名な者を北岸十二氏族なんて言ったりするのだけど、その中の一つ、ベルナルド家が話に関わってくる」

 ベルナルド家。つい先ほどの一件で関わった家名、そしてあの魔女の家。

 「今から20年ぐらい前、ベルナルド家は港の整備と海運業とで財を成した一族で、パノア北岸でも古株の家だった。当時のベルナルド家当主は町の発展には資金も労力も快く投じていて、周囲からの信頼も厚い、いわば町の名士だった。ただし、一つの問題があった」

 「あの魔女か?」

 頷きが返ってくる。

 「家庭環境も問題はなかったようだけど、唯一末娘のフランシスとだけは折り合いが悪かったみたいね。何があったのか分からないけど、フランシスは事あるごとに父と、その父に従っている家族に反発するようになった。年月が解決することもなく、やがてフランシスは父親に歯向かう事が存在理由の様になっていった。或いは、富も名誉も思いのままである父と、その嫌いな父の富によって何一つ不自由ない生活をしていることがコンプレックスだったのかもしれないわね」


 まあ、よく聞く話だ。

 日本でも多分似たような事例はあるだろう。というか、子供の反抗期なんて多かれ少なかれそういう側面があるのだと思う。

 ――問題は、あの魔女殿はそんな歳には見えないという事だが。


 「そんなある日、夜風のハンスを名乗る盗賊が現れた。北岸の裕福な家を狙ったその盗賊は、やがてベルナルド家をもターゲットにした」

 そう言えばそんな盗賊がいたなんて話もあった。

 確か最後は捕らえられて南岸で処刑されたはずだ。

 「盗賊としては優秀だったハンスは、首尾よくベルナルド家に忍び込み、見事に仕事を成し遂げた。ベルナルド家は一時期お家が傾く瀬戸際だったというから、随分大金を盗み出したようね」

 それから、再度ふと川の方に目をやるジェルメ。

 川は荷を降ろした川舟が岸辺に繋がれていて、降りた船頭たちが岸辺近くの露店で遅い昼食をとっていた。

 そう言えば昼を食べ損ねてしまった――そんな事を思い出していると、ジェルメの話は再開された。


 「どこで出会ったのかは分からないけど、ベルナルド家の跳ね返り娘のフランシスはハンスと知り合うことになった」

 「なんだそりゃあ。随分急な話だな」

 「この辺は想像でしかないけど、フランシスは恐らく夜な夜な遊び歩いていたのでしょうね。当時からこの辺りには、船乗りや行商を相手にするそういう類の店や安い酒場がいくらでもあったから」

 まあ、俺も成人済みの冒険者という立場上、そういう場所を全く知らないと言うほど世間知らずという訳ではない。

 なんとなく、そういう場所に入り浸って何をしていたのかは想像がつく。


 「で、奪った金で放蕩していただろうハンスと出会い、彼の正体を知ったフランシスは目の前の男がベルナルド家から……つまり憎い父から金を盗み痛い目を見せた夜風のハンスであると知った」

 普通なら許しておかない所だろう。

 すぐさま衛兵に通報か、もし血気盛んな者ならその場で締め上げるか殺すかしていてもおかしくはない。


 そうではなかった、という事はすぐに説明された。

 「彼女は喜んだ」

 何となく、その理由も想像がついた。

 そしてその想像通りの言葉が、後から続いた。

 「憎い父、それに唯々諾々と従う家族、それらに痛い目を見せた怪盗ハンスにフランシスはぞっこんだった。いつしか彼女はハンスの良き支援者となり、彼のファン……いや、彼に恋愛感情を抱くようになった」

 なんともまあ……。

 「まあ、幼稚なものさ。敵の敵は味方というだけの理屈でそこまでするのだから、馬鹿なわがままお嬢様の行動力は計り知れないね」

 まあ聞かない話ではない。いい所のお嬢様が、素性の分からない危ない男とくっつくなんて話は。

 だが流石に自分の家に損害を加えた張本人というのは珍しいかもしれない。


 「ハンスは彼女を利用し、盗みに入らない時も金品を要求する……要するにひもになった。ただのひもならそれでも良かっただろうが、厄介なことにこの男、盗みに入ることを生きがいにしている節があった。で、何度もやっていれば当然衛兵にも目を付けられる。一度さっきみたいに衛兵隊の大掛かりな捕り物があってね。その時あと一歩まで追い詰められたハンスだったが……、どこで情報を仕入れたのか、すんでのところで逃げおおせる事となった」

 どこで、と言っているがその答えはもう言っているようなものだったし、現に話しているジェルメ自身がその説を支持しているというのは、彼女の表情と小さく肩を竦めた動きで悟れる。


 そしてその張本人は、一拍置いてから俺の顔をしっかりと見て続けた。

 「で、ここからが本題」

 俺がしっかりと聞いていることを確認した上で話を続ける。

 「その包囲を脱したハンスだったが、肝を冷やしたこともすぐに忘れて再び盗みに入った。それが――」

 そこで視線を橋に向ける。

 それに合わせて視線を向けた俺たちが同時に息を詰まらせる。


 「「!?」」

 先程の騒ぎの中で姿を隠したあの女狩人が、橋の上に立っていた。

 そしてその女狩人を示しながら、ジェルメは言った。

 「新興の繊維業者として飛ぶ鳥を落とす勢いだったモレット家。彼女の家だ」


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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