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連鎖20

 死霊術に大家なし。確かにその通りだ。

 だが、それにしてもこれは極端な姿だろう。とても先程まで死者の大群を率いていたようには見えないし、そもそもここまでの立ち振る舞いも、こんな姿からは想像もつかない。


 「あのしゃれこうべ。どこで手に入れたか知らないけど――」

 独り言のようにジェルメの口からこぼれた言葉が、その思考を中断させた。

 「大方あれに生命力の減少を肩代わりさせたか、あれの魔力で体を維持していたとか、その辺りでしょう」

 俺の想像を読み取ったようなその言葉の後、間髪入れずにシラに任せたさっきまでの依頼人の方に目をやる。

 「シラ!そっちは!?」

 その視線を追って俺も彼女たちの方に目を向けると、丁度シラが自らの胸嚢から取り出した薬を飲ませているところだった。

 「体にマヒが出ています。恐らく先程の刃に毒が塗られていたのかと思います。今解毒剤を」

 手にしているのは、そして青ざめた肌をした女狩人の口にあてがって流し込んでいるのは、こちらも冒険者向けの魔術薬だった。

 彼女が冒険者ギルドに加入しているのかは分からないが、もしそうでなければこれも不法所持という事になる。


 まあ、今更大した問題ではないだろう。


 「よし、なら大丈夫そうね」

 それから再びジェルメの目は目の前の老婆へ。

 脈と呼吸でまだ生きていることを確かめると、彼女はすぐに俺の方を見た。

 「こいつを担いで行こう。この先の道で襲われた時の盾に――」

 「何を騒いでいる!」

 言葉を遮る何者かの怒鳴り声。

 位置関係から俺より先にそれに気付いていたジェルメの目が一瞬険しくなったのを見逃さなかった。


 「参ったね……」

 「ああ……そうだな」

 振り返った先にいた――ある程度想像していた――その乱入者の姿に、俺は彼女の言葉に心から同意した。

 パノア衛兵隊。

 幾ら誰触りたがらないこの南岸のスラムであっても、その住民が武装蜂起しアンデッドの大群がうろつくようになれば話は別だ。

 重武装の衛兵たちの一隊が、大盾を先頭にした隊列を組んで広場になだれ込んでくる。

 目の周りのバイザーのみ開いた兜たちの間から見えたその後方では、恐らく抵抗したか武器を弄んでいるところを見咎められたのだろう、魔女に協力したと思しきスラムの住民たちが衛兵二人がかりで壁に抑え込まれ、あえなく手錠を頂戴するところだった。


 「あっ、まだ動いちゃ――」

 その騒ぎの中、シラの戸惑った声に俺は反射的に彼女の方を見たが、その時には麻痺から回復したのだろう女狩人は彼女の制止も聞かず、驚くべき身の軽さでバラック群の中に駆けこんでいくところだった。

 だが、その回復の速さに感心しているばかりでもいられない。


 「そこの連中!そのまま誰も動くな!」

 「じっとしていろ!武器を捨ててその場に伏せろ!!」

 衛兵たちの目に映ったのは、動かなくなったアンデッドの成れの果てたちの中で固まっている俺たちだ。

 「……」

 連中が手にした剣や槍には、血液や魔物の体液と思われるものが付着しているものが少なくない。

 つまり、逆らわない方がいいという事だ。

 そして大人しくお縄につくという事は、当然その後自分が何者であるのかを調べられるという事を意味し、それはつまりギルドを通さない依頼を受けて活動中であるという事がバレるという事の言い換えに他ならない。


 「参ったね……」

 思わず漏れた言葉は、奇しくも先程その非合法な依頼人が発したものと同じだった。

 そしてその依頼人は、まるで人形をそうするように老婆を抱き起そうとしている。

 「んっ……小さいのに重い……、手を貸してくれ」

 見たところ意識のないその老婆に難儀しているようだ。


 「動くなと言っているだろう!!」

 衛兵が叫び、取り囲もうとする。

 だがそれに対してジェルメがやったのは、水戸徳川家の印籠よろしくそれらに対してその老婆を見せつけることだった。

 「聞け!よく聞け!」

 腹話術の人形みたいに自分の横に座らせたその老婆の顔を彼らに見せるようにしてそう叫び、それから一拍置いて口上のように一気呵成に彼らに呼び掛けた。


 「こちらはフランシス!ベルナルド家先代当主がご令嬢、フランシス女史であられる!」

 ただそれだけ。

 その老婆の紹介はしかし、まさしく例の印籠と同じように取り囲んでいる衛兵たちをどよめかせ、口々にその名をオウム返しさせるだけの効力を持っていた。


 やがて、連中の中から一人の衛兵が前に進んで、老婆を正面から見据えた。

 「間違いなくそうなのだな?」

 他の連中と異なり剣は腰に収めたまま、先端に赤い房のつけられた杖のような棒=指揮杖を持っている。恐らく彼がこの部隊を率いているのだろう。

 そしてその部隊長は、武装したもう一人に老婆の体を改めさせる。

 しばらくケープの下を、爆発物でも扱うかの如き慎重さでまさぐっていたその衛兵は、指揮官の方へとケープから出し、服も器用に周りだけ脱がせた枯れ枝のような腕を突き出した。

 残っている方の皺だらけのその腕には、その状態でも読み取れるクロスした二本の爪痕のような刺青。

 それを示した衛兵は、努めて冷静な声で上官へと報告した。

 「間違いありません。フランシス女史です」


 それからは驚くべきスムーズさで事が運んだ。

 衛兵隊は指揮官の号令一下、くるりと反転して、今度は背中で俺たちを取り囲む。

 その唯一の例外=老指揮官がジェルメの前に腰を下ろす。

 「フランシス女史の容態は?」

 「片腕を失っているが、今のところ命に別状はない。ただ極度の疲労によって昏睡状態にあるだけ」

 その答えに指揮官は部下二人に担架を準備させ、慎重にそこに元魔女のフランシス女史を乗せて革のベルトで固定する。


 それから、俺たちは来た道を戻った。完全武装の衛兵隊に護衛されながら。

 スラムを抜けて北岸の衛兵隊本部に到着すると、衛兵たちの他に身なりの良い初老の男が俺たちを出迎えた。

 恐らくその人物が、先程出てきたベルナルド家の関係者なのだろうという事は、その身なりと漏れてくる衛兵隊長とのやり取りでなんとなく把握した。

 そのやり取りの傍らで、担架に固定されたまま、件の魔女がどこかに連れていかれる。

 それから程なく、俺たちは解放された――目も眩むような大金を予想通りベルナルド家の執事だった男から受け取り、丁重に礼と他言無用の念を押されて一筆交わし、是非ベルナルド家まで来てほしいという申し出をジェルメがこれまた貴族的なまでに丁重に断って。


 「さて……」

 とにもかくにも、安全は確保された訳だ。

 「それじゃ、約束通り教えてもらおうか。あの魔女とあんたの関係を」


(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ございません。

今日はここまで

続きは明日に

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