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連鎖19

 動かなくなったヴァンパイアからシラの蛇が離れ、崩れ落ちたそれを、縛り付けていた本人が見下ろす。

 「終わった……」

 ぼそりとそう呟いて、確認するように俺の方に目を向ける。

 「ああ……」

 答えながら血振り。適当な布が無かったため、往年の名作映画の如く肘の内側で刀身を拭う。


 「よく気付いたな」

 「最初に突っ込んできた時、奴が格闘戦に付き合ったのを見て、もしかしたらと思ったんですが」

 確かに、奴はあの時と今、どちらも一撃離脱から離れてシラに追撃や反撃を加えている。

 予想外の反撃か、或いは仕留められなかったことで冷静さを失ったのかもしれない。もしあのまま奴が一撃離脱戦法に拘り続けていれば、結果は違うものになっていただろう。


 「「……さて」」

 二人同時にそのヴァンパイアに背を向け、あてが外れた魔女の方に向き直る。

 「くっ……くううぅっ!!」

 「後はあなただけです」

 「どうする気だ?」

 奴の周りには数体のゾンビがぼうっと佇んでいるだけで、他に戦力らしきものは確認できない。


 「ジェルメを放しなさい」

 静かに告げながら、蛇たちが鎌首をもたげる。

 だがそれに魔女が返したのは、思い出したかのような不敵な笑い。

 「ふふっ、ふふふふはははは!!」

 笑いながらこちらに突きつけてきたのは、例のしゃれこうべ。

 ――いや、突きつけたのは俺たちにではない。

 その後ろ=ヴァンパイアにだ。


 「まだだ!!蘇るがいい我が眷属よ!!我が魔力も命もくれてやろう!!」

 「君も諦めが悪いねぇ……」

 取り押さえられながら、他人事のようにジェルメがこぼす。

 「二人とも、どうやらこの女、まだやるつもりらしい」

 それから声を大きくして、改めて俺たちに告げる。

 「まあ、これだけ上位のアンデッドを複数含む大規模な動員をしているんだ。恐らく余命いくばくもあるまい。出来てあともう一戦、恐らく今のような動きは出来ないだろうが――」

 その捕らえられているとは思えない冷静な分析を聞く聴覚に割って入った背後の気配に、俺とシラが同時に飛び退き、奇襲のあてが外れたヴァンパイアの攻撃を躱す。


 「これは……動きがおかしい……?」

 「確かに……まるででくの坊だな」

 振り下ろした爪は弱々しく空を切り、酔っ払いの千鳥足のように覚束ない足取りのヴァンパイア。

 蘇らせるのに必要な魔力か生命力か、或いは――恐らくかなり高い確率での或いは――その両方が足りていない。

 はっきり言ってただ姿かたちの異なるゾンビと言っていい頼りなさ。


 「ならさっさと終わらせて――」

 安全な距離を取って刀を構えようとした、まさにその瞬間、劣化著しいヴァンパイアの背後に一瞬見えた影に、意識が集中した。

 「ッ!!」

 咄嗟に横に飛び、ヴァンパイアをその人影との直線状に挟む。

 見間違いでなければ、奴はクロスボウを持っていた。


 「新手だ!!正面の路地!!」

 叫び、同時にヴァンパイアの体に歪な膨らみが浮かび上がる。

 「ッ!?」

 言葉で表せばギュボッとでも言うしかない妙な音と共に、その膨らんだ体が凄まじい閃光を放って炸裂したのは、その膨らみを目にした瞬間と同時だったのだろう。

 ただ脳の認識が追い付かず、随分膨らんでから後に爆発したような気がしていた。

 そしてその閃光の焼き付いている世界に、その発射した本人が――器用にクロスボウに再装填しながら――こちらに走って来るのを認めて、反射的に何とか遮蔽物を見つけようと目を動かす。


 「クロスボウを持っている!警戒しろ!!」

 叫ぶ。

 同時に目は相手が何者であるのかを確認している。

 「ようやく見つけたぞ!!フランシス!!!」

 その人物=先程のジェルメの取引相手が、突進しながら呼んだ名前が誰のことなのかは状況からも明らかであったし、そのクロスボウの狙いと睨みつける視線を追っても一目瞭然だった。


 「貴様……ッ!!」

 魔女がしゃれこうべを引っ込め、同時にケープの下から取り出したダガー状の刃物を女狩人に向ける。

 ほんの一瞬の出来事だったが、魔女の手の中にあるそれの正体については直感的に見当がついた。

 仕掛け魔術ナイフ。空洞化した柄の中に使い捨ての魔石を詰め込み、鍔の辺りの金具を指で外し、それと繋がった魔石が魔力の爆発を起こすことによって、ただ柄に入っているだけの刃を飛ばす武器。

 日本ではスペツナズナイフと呼ばれるものを想像してもらえれば大体その通りだ。バネか魔石かの違いしかない。


 その刃が、クロスボウを構えた瞬間の狩人の右腕を掠める。

 「ちぃっ!!」

 一瞬、それによって狙いが逸れた。

 放たれた矢は僅かに魔女の体から外れ、ギリギリのところを通り過ぎていく――その最中に例の能力によって炸裂した。

 「あっ!」

 声を上げたのが誰だったのかは、もう誰にも分からない。

 爆発の威力は直撃した時より余程小さかった。

 ヴァンパイアを吹き飛ばしたものと同じものを想像していると、余りにも拍子抜けな爆発。

 ポンと軽い音を立てて爆ぜただけのような、たったそれだけの小さな爆発。


 だがそれでも、魔女の片腕を持っていたしゃれこうべごと粉々にするのには十分だった。


 「ぐぅっ!!!」

 「あああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 かすり傷を負った狩人がクロスボウを取り落して傷口を押さえ、片腕を失った魔女が絶叫をあげてのたうち回る。

 「シラ!依頼人の方を頼む!!ユートは私とこっちへ!!」

 使役者がそれどころではなくなったことでただの屍に戻ったゾンビたちを引き剥がし、叫びながらジェルメが魔女の方へと走り出す。


 「了解です!」

 「お、おう」

 突然の事に飲み込めずにいたが、とりあえず言われた通りにのたうち回る魔女の元へ走る。

 「助ける気か?」

 「できればそうしたい。血を止められる?」

 「完全には出来ないが」

 答えながら、のたうつ魔女を抑え込んで、失われた方の腕を上に突き上げさせる。

 噴水というか破裂した水道管のように血を噴き出していたそれが、若干弱まったように思える。


 「止血帯でもないと止まらん」

 「生きていればいい!」

 答えながらジェルメが何かの薬が入った小瓶を自らの荷物から取り出して、空豆ぐらいの大きさのそれを魔女の口に押し込む。

 「これでよし……。完治には足りないけどとりあえず一粒で血は止められる」

 その錠剤が何なのかは、たちどころに魔女の腕から出血が治まった事が物語っていた。

 エリクシールと俗称される、高機能型の冒険者用回復薬。本来認可を受けた業者しか扱う事の出来ない劇薬だ。


 だが、それをジェルメが持っていたこと自体は大した問題ではない――目の前の現象に比べれば。

 「おい、おいおいおい……!?」

 エリクシールを投与する時に外れたフード。

 その下から現れた魔女の素顔。

 「嘘だろ……」

 「死霊術に大家なし……って言うでしょう」

 今まで無数の死者を操っていた恐るべき魔女。

 その素顔は、立って歩くのも怪しそうな老婆のそれだった。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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