連鎖18
「逃げたか……ッ!」
だが勿論、逃亡したという訳ではない。
一度の羽ばたきで加速し、こちらの攻撃が届かない距離までひらりと舞い上がると、再度の急降下を仕掛けてくる。
「ちぃっ!!」
護符を起動させ、同時に走り出すと踏み込んでヘッドスライディング。頭上という通常想定されていない方向への回避動作は、下手にその場で攻撃を躱そうとするよりひたすら可能な限りの距離を取る方が確実だ。
飛び込んだすぐ後ろで奴が再び飛び上がる音。
飛び込んだ勢いのまま受け身を取り、転がって立ち上がると、その時には既にシラの迎撃を振り切った奴が再度浮かび上がっている瞬間だった。
これがヴァンパイアの常とう手段だ。
地上にいる相手に対し、常に優位な上空につけ、そのスピードと高度を活かした一撃離脱戦法。その名の通り相手の血を啜るこいつらだが、それは致命傷を負わせて安全な狩りが出来るようになってからでいい。その思想を追求した戦法と言える。
「来ます!!」
シラの声。そしてそれとほぼ同時に現れるヴァンパイア。
今回は地表すれすれまで高度を落とし、そのまま滑空するようにして両手の爪で斬りつけてくる。
「くっ!」
再度地面に飛び込む。
一瞬遅れて風、そして何かがぶつかった硬質な音。
「きゃああっ!!」
「シラ!!」
その音と同時の声に振り返る。
回避の間に合わなかったシラが蛇たちを盾にして受け止めていたが、突進する相手の質量には敵わなかった。
「ぐうっ!!」
弾き飛ばされ、受け身も取れず地面に仰向けに倒された彼女に、ヴァンパイアが更に追撃を加える。
「このっ――」
勿論、シラも黙ってやられてはいない。
飛び込んでくる相手の爪の軌道に再度蛇を入れ、金属同士がぶつかるような硬く耳障りな音を立てる。
流石に突進の勢いがないのに加え、地面に倒れている相手に上からの攻撃では今度はしっかりと受け止められている。
――だが、ヴァンパイアもそこまでは織り込み済みだ。
「待て!」
何が起きるのかを察して飛び起きながら彼女らの方に向かうが、それよりヴァンパイアが想像通りの行動に移る方が速い。
「ッ!!?」
防がれた手を引き、それと同時に羽根で地面すれすれに浮かぶことで自由になっている足による攻撃。
手同様の鋭い爪が並ぶそれが、間一髪のところで蛇の金属の鱗によって防がれている。
「く……うぅ……」
だが、油断はできない。
ヴァンパイアの体は人間と同じく腕二本に足二本。そして翼によって空中に浮かんでいる。
どういうバランス感覚によるものかは分からないが、そうやってホバリングのような状態を維持できるという事は、つまり四本同時攻撃の可能性を意味している。
そしてそうなった時、攻撃を防ぐべきシラの蛇のうちの一匹は先程魔術師のファイアボルトによって切断されてしまっている。
「クソッ!離れろ!!」
その判断をヴァンパイアが下す前に突進。
蝙蝠の羽根の根元に向かって放った斬撃は、かすかにその表皮を斬るのに留まった。
「キィッ!」
後ろに目があるのかと疑いたくなるような反応で攻撃を中断するヴァンパイア。
とりあえず当初の目的だけは達したことを、足元でなんとか起き上がろうとしているシラの本体がまだ五体満足であることで確かめる。
「大丈夫か?」
「ええ……」
蛇を杖にして何とか立ち上がる。
見たところ、蛇たちに目立った外傷はない。ヴァンパイアの爪は鋭いが、軟目標を斬る事は出来ても装甲目標の破壊は不得手なのかもしれない。
とはいえ、だからと言ってこちらが有利になるという訳でもない。
俺たちは鎧など着ていないし、シラの蛇もギリギリで主を守るのが精いっぱいだ。
その上この辺に十分な遮蔽物もないとなれば、一刻も早く奴の機動力を削がない事には遅かれ早かれ致命傷を負う。
「だが、どうする……」
再び上空に舞い上がったヴァンパイアが、再度羽ばたきの加速でこちらに突入をかける。
今度のターゲットはやはり俺。奴としても余計な防御がない方が狙いやすいといったところだろう。
「ちぃっ!」
落ち着いて考える暇もなく飛び退いて斬撃を躱すが、反撃に転じる前に奴の体は吊り上げられるように上空に消えている。
そしてその逃げたヴァンパイアをシラの蛇が追いかけるが、限界まで伸ばしてもかすりもしない。
「……ッ!!」
だが、シラは止まらない。
あくまで地上を走るが、それでもヴァンパイアの機動を追うようにして走り、降下してきたところを迎え撃つ構えだ。
「待て、シラ!」
だが、先程彼女の迎撃は失敗している。
「大丈夫です!」
そう叫び返されても、あの突進を受け止めるのは彼女では難しい。
そしてそれは当のヴァンパイアが一番わかっているとばかりに、羽ばたきで更に加速すると、再び超低空飛行に切り替えて突っ込んでくる。
「来るぞ!!」
叫びながら、奴の機動を予測する。
突入してくる角度は何とか俺を外れている。
――だがそれはつまり、シラにもう一度攻撃を仕掛けることを意味していた。
「シラ!逃げろ!!」
「来い!!」
言われなくても、言い終わるのとほぼ同時の突撃が、彼女に殺到した。
さっきみたいに助けに行くか――いや、間に合わない。
一瞬の交錯。ヴァンパイアが仁王立ちする彼女にその刃物のような爪を振りかざして突入した。
「ッ!!」
――まったく、糞度胸。
闘牛士よろしく、シラは紙一重でその一撃を躱していた。
その方向は左右ではなく、上。
二匹の蛇で体を支え――というより上空に打ち出して――ヴァンパイアを飛び越えるようにして躱している。
だが、ヴァンパイアだって馬鹿ではない。
「ッ!」
「まだだ!まだ来るぞ!!」
攻撃を躱されれば、即座に追撃を叩き込む。
何しろ相手は上に逃れてはいるが、二匹の蛇に支えられて、いわば持ち上げられているだけだ。
俺の予想は予想ではなく、ただ行動と同時の実況にしかならなかった。
ヴァンパイアはほぼ垂直に飛び上がり、同時に再び爪を閃かせた。
「捕まえた!!」
まったく、つくづく糞度胸。
シラはただ躱しただけではない。
二匹の蛇は支えを解除して同時に攻撃を躱せるように主の体を後方に投げている。
そして残されたもう一匹は、空を切ったヴァンパイアの腕に巻き付いていた。
「ッ!?」
今回その事態に気付くのが一番遅かったのはヴァンパイアだった。
腕に絡みついた蛇。それによって機動力を殺されれば、地上にいるのと変わらない――それに気づいたのは奴より俺の方が、そしてこの世界の誰よりシラが速かった。
「ユートさん!!」
「おおっ!!」
叫びながら突進。
刀を八相に構え、一気に奴へ殺到する。
「ッ!!?」
ヴァンパイアが逃げようと羽根を動かすが、人一人をぶら下げてあの機動力を維持するだけの力は無いようだ。
僅かに高度を上げるにとどまったそのあがきは、主を支えるという仕事を終えた二匹の蛇が両足を拘束することで完全に停止した。
そしてその高さと姿勢は、まさしく胴体への斬撃に最適のそれだった。
「おおおおおっっ!!!」
叫びながら、突進の勢いをそのままに袈裟懸けに斬りつける。
首の付け根から入った斬撃が体を斜めに通り抜け、すぐさま反対の袈裟を斬る。
「ギイィィッ!!!」
体をXに斬られたヴァンパイアが一瞬叫び、それから逃れようとする力を失って地面に落ちる。
「どうだ!」
シラの蛇が離れてもそのまま地面に崩れ落ちていくのを見て、俺は奴を仕留めた事を確信したのだった。
(つづく)
投稿大変遅くなりまして申し訳ございません
今日はここまで
続きは明日に