連鎖16
バラックの間を進む。その帳消しが手遅れにならない内に。
10m程度しかないその道は、他に誰かいる様子もない。
警戒は怠らないが、同時に足を速める。
「!」
と、進行方向を二人の男が走って横切った。
向かう方向は先程の広場とは逆=シラが落ちた辺り。
「こっちだ!」
「こっちに落ちたぞ!」
その連中だろう声が聞こえて、俺の足は反射的に駆け出していた。
路地を抜け、走っているそいつらの後ろに出る。正面は袋小路で、その左手にはこの辺りでは 大きい方に入るだろう建物と、その開け放たれた扉。
「ッ!!」
前の二人が気付いて振り返り、同時に襲い掛かってくる。
「クソッ!!」
叫びながら一人がナイフを腰だめに構えて突撃。
そいつを受け流しつつ突き飛ばし、マチェーテを振りかぶったもう一人の懐へ。
マチェーテが振り下ろされる一瞬に合わせて飛び込み、柄を持った腕を押さえて、そのままアームロックの形に持っていく。
「があああっ!!」
腕の可動域が限界を超えた事を示す叫び声。
奴の取り落したマチェーテが地面に落ちるより前に、足を払ってそのまま投げ倒すと、すぐに拘束を解いてもう一人の方に再度向かい合った。
「てめえっ!!」
再度突撃するもう一人。今度は逆手に持ったナイフを振り上げている。
――だが、遅い。
再度動きに合わせて飛び込み、腕を押さえると同時にダガーの柄頭で顔面を叩き潰す。
「ッ!!?」
突然鼻に叩きつけられるカウンター。
感触と音、そして一瞬遅れて大きくのけ反った奴自身が、鼻が折れた事を教えている。
鼻の骨折は痛い。
いや、痛いなんてものではない。
敵に腕を掴まれ、その敵が刃物を持っているという事実を前にしても顔を覆う方を優先してしまうぐらいには。
その手の下=首に、逆手に持ったダガーを滑らせる。
「ッ……」
首からの血の噴射を推進力とするようにゆっくり崩れ落ちていくそいつから離れ、何とか立ち上がったもう一人の方へ――と、そこでそいつが既に戦意を失っていることを知った。
「う、うわあああ!!?」
叫びながら、手足をばたつかせて向かう先は本来の進行方向だ。
そしてその進行方向から、そいつと俺とを迎えるようにもう一つの影が姿を見せた。
「ッ!!」
「ひぃっ!?」
それはゆっくりと、静かに姿を現した。
ここの住民とは異なる旅装に近いいで立ちに、顔を隠すフードを被った、恐らく男と思われる人物。
その格好と、俺たちと同様の胸嚢を纏っている辺り、恐らく先程聞いた雇い入れた魔術師なのだろう。
だが、魔術師の分身とも言える杖は手にしていなかった。
彼の手はどちらも自らの首に伸びていた。
そして彼の足は地面から浮き上がって、ただばたばたと動くだけで、しかし何にも触れないことで、その静かな登場を果たしているのだ。
「がっ……!?あっ……」
その唯一の例外=喉から漏れる苦しそうな音。
そして、その喉を締め上げる金属の蛇。
「シラ!」
その姿を見て、俺は俺の中で自分の罪を帳消しにした。
「ぐっ……ぁ……」
だらり、と魔術師の腕が垂れ下がり、足が大人しくなる。
恐らく自身の戦果を確認に来たか、或いは確実に止めを刺すためにやって来たのだろうそいつは、しかし自分の一撃は不意打ちでのラッキーヒットに過ぎなかったと理解させられたことだろう。
「無事だったか」
「ッ!!」
その姿に腰を抜かしているマチェーテの男に追いついて声をかける。
振り返ったその顔は、獣なら牙をむき出しにしているような、これまで見た事のない顔だった。
「俺だ。味方だよ」
初めて会った時の、山賊どもを叩き潰している時とは異なる、明確に闘争本能をむき出しにした顔。
おかめは般若にならぬ。端正な顔程歪ませると恐ろしいというのは、案外事実かもしれないなどと、その顔を見て頭のどこかでそんな事を考えていた。
「……ユートさん」
そこで初めて友敵判断を下したのだろう、徐々にいつもの表情に戻っていく。
と、同時に力尽きた魔術師を、興味を失ったようにその場に投げ捨てる。
「ジェルメはどうしたんですか?」
訝しがるような、或いはどこか非難するような目を向ける。
まあ、俺だって同じ立場ならそれを口にするだろう。
「そのジェルメ直々の指示でね。とりあえず無事そうだな」
そう言いはしたがしかし、無傷ではない。
四匹いたはずの蛇は、そのうちの一匹、向かって右下のものが、彼女の体から少し外れたところで千切れてなくなっていた。
「見ての通り、被弾した場所は切断されましたが、私は大丈夫です」
今の登場からするに、残りの蛇は問題なく動くのだろう。実際、それらが俺やマチェーテの男にも主の指示一つで飛び掛かれるように鎌首をもたげている。
「そいつは良かった。じゃあ戻ろう。ジェルメがまだ無事なうちに」
その一言が、俺を蛇たちのターゲットから除外する合図になったようだ。
「了解しました」
踵を返し、今しがた走って来た道を振り返ると、どうやらほぼ一直線でジェルメを置いてきた広場に戻れるようだ。
「……それと、ありがとうございます」
「……礼はジェルメに言ってくれ」
二人同時にそちらへ走り出しながらそんな言葉を交わし合った。
俺もシラも、なんとなく恥ずかしいような気がして互いの顔は見ていなかった。
その点は、その理由になったジェルメに感謝しなければいけないだろう。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ありません。
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