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連鎖14

 「あっ――」

 意図せず、そんな間抜けな声が漏れる。

 支えを失ったシラの体が、糸を失った凧みたいに明後日の方向に落ちていく。


 「シラッ!!」

 ジェルメの叫びが、その一連が終わったところで響いた。

 目で追えなかった訳ではない。ただ目の前の現実の理解が追い付いていなかったのだという事は、普段の彼女からは考えられない取り乱した叫びが物語っている。


 「シラッ!!シラが――」

 「落ち着け!」

 彼女が落ちた方向に走り出そうとするジェルメの肩を引っ掴む。

 力づくで引っ張って振り向かせた彼女の顔は、情けない程に怯えているのが分かるそれ。

 山賊に囲まれても余裕を崩さなかった女とは思えない、今にも泣きだしそうなものだった。


 「だって、だってシラが!!」

 「お前が行ってもどうにも――」

 言いかけて、それからその言葉の意味するところに彼女が気づいたという事を悟った。

 それ以上言わないで――もし時間が無限にあったら、頭の中を整理する事が出来たら、多分そう言ったのだろう目が俺を睨んでいた。


 諦めろ。残酷だが、それ以外の選択肢は決して合理的ではない。

 護衛任務を請け負っている以上、俺が優先するのはジェルメの安全だ。

 二人の間柄がどういうものかは分からないが、俺が最優先にしなければならないのはジェルメだ。


 「お前を無事に逃がす。そのルートを探す」

 今しがたシラが撃墜されたことで、そして先程聞こえた魔術師を雇い入れたという言葉で、恐らくどこか高台からその魔術師がこちらを見下ろしているのだろうという事は分かる。

 「……」

 ファイアボルトの飛んできた方角から恐らくそこだろうという見当をつけた場所に目をやる。

 ここからは南に当たる古い鐘楼の上。位置的に、建物の間を走っている相手には建物が邪魔になって撃てないはずだ。


 ならば、その路地を通って安全にジェルメを逃がすだけ――その、はずだった。

 「私は行く!」

 「やめろと言っただろうが!!」

 怒鳴りあいになりながらジェルメを引き戻すが、それでも彼女は諦めない。

 ここで怒鳴りあいをしている場合ではない。そんな事は分かっている。

 最悪の場合担いで走る必要もあるだろう。だがそれは本当に最悪の場合だ。つまり、どこから襲われても対処できない状態で、それでもここを直ちに離れなければいけないという場合。


 「シラは助けてくれた!見捨てるなんて出来ない!」

 「……ッ!!」

 ああ、くそ。

 埒が明かない。

 「ああそうかよ」

 すぐ近くに小さな、しかし四方を壁に囲まれた小屋があるのは幸いだった。

 「なら入っていろ!」

 その中に、胸倉をつかんで無理矢理ジェルメを投げ込んだ。

 「そこを動くな。扉を閉めて可能な限り塞げ。窓も同様にして可能な限り距離を置け。絶対に外を覗くな。俺が戻ってきてあんたがいつも使っている合言葉を言うまでそうしていろ――」

 矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 「――シラを連れて戻ってくる。絶対に動くなよ!いいな!」


 間違いなく非合理的な判断だ。

 と言うよりも、はっきり言って最悪の判断と言っていい。

 護衛対象を一人で危険に晒し、別の護衛を探して脅威の存在する場所に足を踏み入れる。

 まともな頭のある奴の判断じゃない。

 だが、助けてくれた誰かを見捨てるのは、だいぶ堪える。何度もやれば慣れるかもしれないが、その頃には助けてくれる誰かなどいなくなっているだろう。

 ――それに何より、俺自身がシラに助けられたというのが、その誤った判断を突き進ませた。


 それに、あの状態のジェルメを俺一人で連れていくとなれば無理矢理担ぐか、さもなければ絞め落として運ぶぐらいしかない。言葉巧みにコントロールする技術なんて俺にはないし、そんなことしている余裕もない。

 「こっちに落ちたぞ!」

 「探し出せ!」

 通り過ぎた道と、シラが通っていた辺りからそれぞれそんな声が聞こえてきている状況では尚更。


 「あっちだな」

 その声に向かっていく。

 当然危険は計り知れない。

 「待って……」

 背後から声と共に放られたものが何なのか、理解するのと同時にダメ押しの説明。

 「ドライアドの樹皮持って行って。あの子が持っているから近づけば分かる」

 「分かった」

 拾い上げた根付を開き、中で微細な振動を続けている樹皮に耳を近づけると、子供の泣き声のような甲高い音が鼓膜に突き刺さった。

 もう一つを持っているシラに近づけば、この音が徐々に変わっていき、十分近づけばそこで音が鳴りやむ仕組みだ。

 「絶対に開けるなよ!いいな!」

 根付を首に提げ、その持ち主に念を押してから、俺はシラの向かった方向に走り出した。


 「ッ」

 その小道は左右にはバラックと言っていい粗末な小屋が並んでいて、道というよりもバラックとバラックの間の隙間と言った方が正確だった。

 踏み入れて直ぐ、無音刀を納刀し、代わりにダガーを引き抜く。そのバラックの隙間は長刀を振り回すのには余りに狭い。

 「……」

 最初のバラックの前を通過。

 扉がない出入口がこちらに向いているが、中にいるのは胡乱な目をこちらに向けてくる髭面の老人だけ。

 襲い掛かるだけの武器もなく、仮にあっても自力で立てるかどうかすら怪しい。


 その前を通り過ぎると、すぐ隣の同じようなバラック内の動きが視界の隅に映った。

 「ッ!」

 「しゃああっ!!」

 叫び声と共に飛び出して来た相手の、突進しながら振り下ろす肉切り包丁を躱す。

 「おおらっ!!」

 初撃を躱された相手が更に踏み込んで横薙ぎにするのを見切って先に一歩踏み込み、相手の腕に体を当てて止める。


 そしてそれと同時に、右手のダガーを深々とそいつの喉へ。

 「ッ!?」

 突然の反撃に、何が起きたのか分かっていないそいつの肉切り包丁を持った右手を掴んで投げ倒し、そのまま首を踏み折る。

 動かなくなったそいつの手から包丁を蹴り飛ばして再度周囲を確認。

 同時の襲撃を企んでいた似たような姿のもう一人が、慌てた様子で奥へと逃げて行った。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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