連鎖13
俺の言葉に最も反応したのは、奴自身ではなくシラだった。
不安げな、しかし口出しする訳にもいかないもどかしそうな表情が、ジェルメと俺とを往復している。
彼女を追い詰めるつもりは無いが、無回答で通すのには、少しばかり想定されるリスクが大きい。これ以上予想だにしていない方向から襲撃を受けるのは勘弁願いたい。
だから、黙っているジェルメには追い打ちをかける。
「お前に聞いているんだが?」
「……そうね」
それから小さく一つ息を吐いた。
その眼は周囲に転がっている物言わぬ屍に、まるで一人ずつの顔を確認するように等しく注がれている。
「話しておく必要がある……ただ」
そこで聞こえてきたのは低い唸り声。
そしてそれに続く複数の人間の声。
「こっちで声がしたぞ!」
「化け物を見たって話が……」
「何のために魔術師を雇い入れたんだ!」
恐らく連中同士でだけはどの言葉が誰に向けられていて、どういう問いに対する答えなのか分かっているのだろう、いくつかの言葉。
それらが発せられるたびに、唸り声と同様に確実に距離が近づいている事は誰の耳にも明らかだった。
「……まずは安全を確保してから、でいいかな?」
「……まあ、そうだな」
とりあえず、今はこの状況から離れることが先決だ。
「ただ、納得のいく説明はしてもらうぞ」
「……分かっている」
一応ここでの衝突は避けられた――そう考えたのだろうか、どこか安心した様子のシラが、今しがたバラバラにしたリッチの方へと足を向けた。
「では急ぎましょう。こっちから出られるはずです」
彼女の指し示すのは、墓地の向こう側に出る、裏口のような扉。
既に開かれているところを見ると、どうやら魔女はあちらから外に出たらしい。
「分かった。急ごう」
話は終わりだ――そう告げるように、ジェルメがシラに続く。
もう一度殿についた俺は、彼女らの後を追って安らかな眠りを妨害された連中を後にした。
「死霊術ね……」
一体どれほどの恨みを買ったのやら。
この世界には、俺の様に魔術の類には疎い人間でも知っているぐらい有名な格言として『死霊術に大家なし』という言葉がある。
死霊術は究める価値のない浅いものだとか、或いは誰でも簡単に扱えるため、こんなもので専門を名乗るような者はいないという意味――ではない。
大家を名乗れるほど精通するまで長生きできないという意味だ。
通常の魔術が魔力と呼ばれる力を利用するのに対し、死霊術は膨大な魔力に加えて術者の命を削る。
一言で言えば自らの生命を削り、仮初の命として屍に分け与える魔術が死霊術だ。当然、今しがた始末した無数のゾンビやリッチは、あの魔女が自らの命を分け与えた、いわば奴の命の一部だったのだ。
そんな事を繰り返していて、長生きできるはずもない。
そしてそんな危険な代物を使ってでも復讐したいというのは、並大抵のことではない。
――まあ、復讐として命を奪いたいという時点で凶器がなんであれ並大抵のことではないのだが。
とにかく、そんな奴が千載一遇のチャンスをみすみす見逃すはずがない。確実にこの後も狙ってくる。
墓地の裏口から脱出し、路地を抜けてこの危険地帯を抜けるための道に入った――はずだった。
「駄目。塞がれている」
シラの声。
目の前の道を塞いでいる即席のバリケード。
即席とは言え、しっかりと隙間を埋め、高さも十分だ。
「いたぞ!!」
「ちぃっ!」
その上、そちらに向かっていた連中に姿を見られた。
「急げ!こっちだ!あの方を呼んでこい!!」
その叫び声に咄嗟に判断を下したのはジェルメだった。
「こっちだ!」
彼女が示したのは先程通り過ぎた墓地の裏口のある路地。
「反対側に抜ける!遠回りだけど、迂回して別方向から脱出する!」
「了解だ!道は分かるんだろうな!?」
シラを先頭に走る二人に俺も走りながら尋ねる。
「そのはず」
返ってきた答えはそれだけだ。
だが仕方ない。今はそれを信じるしかない。
そんなやり取りに割って入ったのはシラの叫び。
「どいてっ!!」
同時に蛇が何かを捉えた。
いや、何かをではない。人だ。正確には人の形をした何かだ。
墓地から出てきたそれを蛇が捉え、その勢いのまま空中に跳ね上げていく。
俺がその場所を通り過ぎる時には地面に叩きつけられたそれがぐったりと動かなくなっていて、その向こうで俺たちを追ってきたのだろうごろつき風の男たちが震えあがっていた。
まあ無理もない。
屍が歩き、そしてそれを吹き飛ばして進む者を見てしまったのだ。
幾ら貰っているのか知らないが、そんな世界に足を踏み入れるのに十分な額とは思えない。
そいつらを尻目にそのまま路地を走り続け、唐突に開けた道に思わず足を止めたのは、それからすぐの事だった。
「ここは……?」
「名前は知らないけど、広場のようですね……」
到着したのは先程のハンス広場程ではないがそれなりに開けた場所。
周囲はボロボロのバラックのような建物に囲まれていて、石畳もまともに残っているところの方が少ない。
ハンス広場同様、そこら中に道が伸びているが、それらがどこに通じているのかも全く分からないし、どこを見ても同じようなボロボロの建物ばかりで今まで以上に道に迷いそうだ。
「どっちに進めばいいか分かりませんね……」
「川は向こうのはずだけど……」
シラの言葉に路地のひとつを指示すジェルメ。
確かに方角はそちらなのだろうが、見えている道がそちらに向かっているのかは分からない。
と、それを聞いてすぐシラが動いた。
「私上に登って見てきます」
そう言うや否や、彼女の蛇が近くのバラックの屋根まで彼女を持ち上げ、一瞬のうちに屋根の向こうに消えた。
「上から確認してきます」
こちらを覗き込んでそう言うと、彼女はすっと再び蛇によって移動を開始する。
「便利なものだ」
思わず口を突いた感想。
背を伸ばすと、恐らくルートを追っているのだろう、彼女は器用に蛇たちを操りつつ屋根から屋根へと飛び移り、道を探している。
同じものを見上げながら、ジェルメも安堵した声を上げた。
「ようやく脱出できる……」
とりあえずここを抜ければ一安心。
その想いは、そこまでのルートを探しているシラ自身も同じだったのだろう。
距離はあったが、何かを伝えようとするかのようにこちらに振り返ったのが分かった。
妙にスローモーションに、妙にはっきりと、その姿が見えている。
そして次の瞬間、別の建物から放たれたファイアボルト=炎の攻撃魔術が、彼女を支えている蛇を撃ち抜いた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に