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連鎖11

 そしてその魔女が俺たちの事を値踏みするように観察しているのは、その表情が分からないフードを通してでもなんとなく分かった。

 「へぇ……護衛ねぇ」

 何か感心するかのようなその呟きに、何でもない事の様に言葉が続く。

 「ねえあなた達。お退きなさいな」

 「何……?」

 ジェルメの方を指さして、さらりと言葉が続く。

 「用があるのはその女だけなの。あなた達だって命は惜しいでしょう?そいつを引き渡してくれるなら、あなた達には――」

 「断る」

 きっぱりと一言。一切それ以上は聞き入れないという様子での返答――シラが。

 その一言で、俺もまた同意と見なされたようだった。


 「へぇ、そう」

 これまたどうでもいいとばかりの言い方。

 しかし本心はそうではないだろう。死霊術は禁忌だ。それも魔術に関しては門外漢の俺でさえ知っているほど有名で重大な。それほどのものを持ち出してまで始末したい相手の仲間=邪魔するようなら躊躇せず殺せる相手。

 そしてそれを証明するように、ケープの下から突き出した髑髏こちらに向けられた。


 「じゃあ、一緒に死になさい」

 「!?」

 変化があったのは俺たち――ではなく、その周囲からだ。

 突然地面が動き始める。

 いや、そうではない。崩れているのだ。

 「死霊術か……ッ!」

 地面から生えた細く朽ち果てた腕がその正体を物語り、それから続いて現れた肉体が、その見立てに誤りが無い事を示している。


 ゾンビ。

 誰でもそう聞いてイメージする通りのその魔物が、一斉に周囲の手抜き埋葬をひっくり返して地上に舞い戻ろうとしている。

 「お……ぉぉ……」

 これまたイメージ通りの声を上げ、腕を前に突き出したまま、あの宇宙遊泳みたいに頼りない歩き方でこちらへ向かってくるゾンビたち。

 ゾンビの真似をしてくださいと言われて真っ先に出てくるだろうそれが、じわじわとこちらとの距離を詰めてくる。


 そしてこれまた真っ先に思いつくことだと思うが、こちらの世界でもゾンビの攻撃と言えば引っかきと嚙みつきだ。

 「あぁ……ぉぉ……」

 「やかましい」

 だから、その隙だらけの腕を切り落としてしまえばそれだけで脅威レベルとしては一気に低下する――そうでない者の方が少ないとは思うが。


 「ぁぁぉ……」

 突き出した腕の、肘から下が地面に落ちる。

 朽ちかけている脳みそではその事が理解できないのか、間抜けなうめき声をあげて足を止めたそいつから離れ、距離が近い別のゾンビへと斬りつける。

 「おぁ……」

 その二体目も腕を落とし、すぐに距離を取って腕が届きそうな三体目のそれを躱しつつ、懐に飛び込んでタックルをかますと、崩れかけたそいつから離れて別の個体の手首を切り飛ばし、返す刀でバランスを崩しているそいつの手首もまた同様に斬る。


 ゾンビは足が遅く、大した戦闘能力も知性もない。

 だが単純にこいつらは数が多い。そして多少の痛みでは止まらない。

 こういう場合、銃火器等相手のリーチ外から一方的に撃てる場合を別にすれば、やるべきはとりあえず戦闘能力を奪うか低下させるだけのダメージを与えてすぐに次に対処することだ。


 一体ずつにとどめを刺して回る時間はない。

 捕まらないように足を止めず、確実にこちらへの攻撃手段を奪っていく必要がある。

 もし普通の人間なら、切り落とすまで行かずとも、出血を強いるだけでも十分だ。


 「はあああっ!!」

 そしてそうやって腕を失ってもまだ動けるしぶとい個体に、シラの蛇が鞭のように襲い掛かっては鎌で草を刈るがごとく薙ぎ払って、再びただの死体に戻していく。

 ゾンビとてただ蘇っただけで不死身ではない。

 死霊術によって操られた死体は、ただ仮初の命を受けて疑似的に蘇っただけで、生きている肉体相手なら致命傷になるような攻撃を受けると再び死ぬ。


 腕を切り落とされて血を大量に流せば――なんで腐った死体に大量に血液が流れているのかは分からない。死霊術が魔術たる所以かもしれない――どうせ時間経過で遠からず死亡するが、それでも時折個体差が生じて動き続けられる者も現れる。

 そうした者達も、背骨が粉砕されるような勢いで太い金属の鞭を叩きつけられれば、今度こそ死んだゾンビという哲学的なものに変わる。衝撃で言えば車にはねられているのと大差ないだろう。


 「シャッ!」

 「はああっ!!!」

 俺が前に立って腕を落として回り、それで残っている者をシラがジェルメにぴったりと寄り添って彼女を守りながら四匹の蛇で叩き潰していく。

 この対ゾンビのフォーメーションは、自然と戦闘中に発生したが、中々上手い事噛み合っていた。

 「シャァッ!」

 最後の一体の足が止まり、その頭を蛇が叩き潰す。

 頭蓋骨陥没級の衝撃を受けた奴の体が、地面にダイブするようにして崩れ落ちた。


 「さて……」

 これで地面から起き上がってきた連中は再び――本来必要のなかった傷を負わされて――ただの死体に戻った。

 だが、その主はその間に姿を消してしまっている。

 「……後はあんただけだ」

 「……まあ、言葉が通じているかは分からないですけど」

 フードで顔を隠した側近一人だけを残して。

 「……」

 そして沈黙を維持したままぼうっと佇んでいるその側近に対するシラの想像はきっと正しかった。


 「……アァ」

 そのうめき声と、それに合わせてフードの下から流れ出る黄色いガス。

 そして何より幽霊の様にゆらりと動いたのに合わせて外れたフードの下から現れたしゃれこうべそのものの顔面がそれを物語っていた。


 「やっぱり、アンデッドでしたか」

 四匹の蛇が、一斉に鎌首をもたげてその“死にぞこない”を睨みつける。

 対するそいつの行動=突然の雄たけび。

 「アアアアアァァァァァァァァァァッッ!!!」

 本当に腐っているのか疑わしくなるような凄まじい音量。

 「「ッ!?」」

 ジェット機が間近を通り過ぎていくような耳をつんざく爆音に思わず耳を塞ぐ。

 その大音量の視覚的イメージの様に、奴の吐き出していた黄色いガス状のものが、一気に辺りに広がった。


 「あっ……!」

 シラの声が、まだ耳鳴りの残る耳に響く。

 飛散した黄色いガスが纏わりついたのは、全て周囲に転がっている死体たち。

 それらが、そらから伸びる糸に吊られるようにして一斉に起き上がる。

 「成程な……」

 話には聞いていたが、本物を見るのは俺も初めてだった。


 リッチ。死者を操る死者。

 その厄介な魔物がほとんど骨だけになった腕をこちらに向けると、再びゾンビとなった死体たちが再び立ち上がって俺たちをとり囲んだ。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

なお、明日からはまた通常通りの投稿を予定しております

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