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連鎖7

 「噂……?」

 興味があるという意志表示としてのオウム返し。

 「この辺りに現れる気味の悪い女の話さ。目深にフードを被り、血の付いたボロボロのケープを纏っている女。時折墓場に現れたり、夜な夜な南側のこの辺りをうろついていたり、野垂れ死にした死体をどこかに持ち帰ったり……まあ、どこまで本当か分からないけどね。気の触れた浮浪者だとか、誰かを呪い殺そうとしている狂女だとか、強い恨みを抱いたまま死んだ女が魔物になって彷徨っているだとか……、話を聞く度に新しい説が出てきて、聞いている分には飽きないけどね」

 よくある怪談や都市伝説と大して変わらない話だ。

 日本にいたら口裂け女の親戚位にしか思われないだろう。


 だが、そうでなかった場合が怖い。つまり、魔物の類ではなく、ただの狂人の場合が。

 見通しの悪く土地勘もない状態で、どこかを徘徊しているかもしれない不審者と鉢合わせる可能性のある状況というのは、随分嫌な気分だ。

 銃火器を携行し、無警告での発砲の許可が下りているのならともかく、今の俺にあるのは大小二振りの刃物だけ。つまり相手が刃物を持っていた場合、大体のケースにおいて僅かなリーチ差しか生まない代物だ。


 「……その辺からひょっこり出てこないよう祈ろう」

 それら全てを内包したその声は、我ながら随分怯えているように思えた。

 細い路地を抜けると、唐突に広場が現れる。

 元々何かあったという訳ではない、ただただ何もない、石畳の広場。

 その片隅に昨日言っていた奴だろう古い木が生えているだけで、後は所々石畳がはがれて土が露出した、みすぼらしい広場だ。

 その広場をぐるりと囲むように同じぐらい古くみすぼらしい建物が立ち並び、それらの隙間からそれぞれの方向に細い道が伸びている。


 「……あれが件の取引場所だ」

 ジェルメが指した先は、その中では大きい方に――そして比較的立派な方に含まれる建物だった。

 元が倉庫だったというのは間違いないようで、今や錆の塊と化した鉄の扉は、馬車がそのまま入れるような大きさで、その扉が特別大きく見えない程に石造りの二階建ては大きく見えた。


 「シラ。多分あの屋根の上の方が見えやすいだろう」

 「了解です」

 確かにそちらの方がいいだろう。

 広場の片隅の木よりも高く、そして取引場所に近い。

 取り決めをしてからその建物へ。赤錆の塊の横、かつては通用口だったのだろう、朽ち果てて崩れ落ちるのを待っている木製の扉をノック。いつものように二回、一拍置いてまた二回。


 「赤い扉」

 女の声が返って来て、一瞬体が強張る。

 頭の中には条件反射的にさっきの話の魔女が浮かび上がっている。

 いや、落ち着け。当の取引する張本人は気にする様子もない。

 「白い鍵」

 いつも通り落ち着いてそう答えると、ノブが内側からゆっくり回される。

 「どうも。彼はただの護衛だから、気にしないでいい」

 扉の隙間からジェルメを遠ざけると、下がりながら彼女が説明した。

 「お待ちしていました」

 そしてそれを言い終わる前に、向こうからの言葉と共に扉の残りの可動域が一気に開かれた。

 その向こうにいたのが血の付いたケープにフード姿の女ではなかったことにどこかで安堵している自分がいた。


 「どうぞ、中へ」

 彼女に言われて体を滑り込ませる――その瞬間、妙な寒気が一瞬だけ背中を駆け抜けたのは、俺の気のせいではなかったはずだ。

 「ッ!!」

 「どうかした?」

 ジェルメとシラの肩越しに広場の方に目をやる。

 陰気で人の気配のない脇道。

 俺たちの通って来た細道。

 扉を塞がれ、窓に分厚い板が打ち付けられている無数の廃屋。

 そのどこにも人の姿は見えない。


 だが、確かに誰かに見られているような気がしたのだ。


 「……いや、気のせいだったようだ」

 しかし姿を確認できない以上、無駄に不安を掻き立てる訳にもいかない。

 護衛が騒ぎ立てて依頼人を不安にしていては世話がない。

 心にもない返事をしてから改めて扉の前に立ち中へ。


 既に人がいなくなって久しいだろう倉庫内はしかし、十分な明るさを保っていた――大部分が崩落した天井から差し込む光によって。

 かつて天井だったのだろう瓦礫が辺りで山を作っていて、その山の更に上を、火事でもあったのだろうか、真っ黒になった太い梁が縦横に走っている。


 「じゃあ、私は上に」

 「ええ。お願い」

 最後尾で扉を閉めたシラがそう言って、ふわりとその炭化した梁に飛びつく。

 彼女の背中、外套の下からX字型に伸びている水銀のような金属の蛇が、器用にそうした梁を掴み、或いはそこに巻き付いて主の体を上へと持ち上げ、更にそこから上へと這って行ってはまた本体を持ち上げる。

 何となく、海底を這うタコのようにも思えるその動きはしかし、想像よりもずっと素早く、まるで空に向かって重力の働いているかのように僅かに残った屋根の上までたどり着くと、あっという間にその向こうに姿を消した。


 以前山賊たちと戦っているのを見た時にその怪力は分かっていたが、どうやらそれなり以上の柔軟性や操作性も併せ持っているようだ。

 どういう能力であれを操作しているのかは不明だが、接近戦では非常に強力な武器となるのは間違いない。


 「さて、この度はご注文いただきありがとうございます。早速取引と参りましょうか」

 シラが天井の向こうに消えたのと同時に、ジェルメが依頼人に切り出した。

 「ええ。そうしましょう」

 素っ気なく答える依頼人。

 今回の依頼人はまだ若い女性だ。

 年齢はまだ二十代の中盤ぐらいだろうか。暗い赤毛を肩辺りまでのフィッシュボーンに結っている。

 外套は纏っているが、ケープとは異なり、年季の入った丈夫そうな布で出来た袖付きのもの。

 その下から見える革のベルトには冒険者の使うようなユーティリティポーチとブッシュナイフが提げられている。

 下半身は女性用のズボンにブーツを穿いて、ゲートルを巻いて裾をまとめ上げており、これらはこちらの世界では猟師が良くする格好だった。


 そしてそれが伊達ではないという事を、彼女の背後に置かれたクロスボウと、それ用の革製の矢筒、そして大型のマチェーテが物語っていた。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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