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連鎖3

 パノアの町はアルメランから街道を北上した先にある、レゼ川で南北に分けられた――というか、川の両岸にあったふたつの町が合併した町だ。

 その南側まで途中で一泊して向かい、明日の昼頃に町に到着する予定。


 開門と同時にいつものように門を抜けると、すぐ目の前にある巡回馬車に向かう。

 巡回馬車とはその名の通り特定の地点の間を往復しているシャトル便で、街道沿いに行き先がある場合は大体これで移動できる。

 「これはどこ行き?」

 「オルノまで行く。途中アノマンに停まる」

 アノマンはパノアに向かう道の途中にある宿場町だが、オルノは方向が違う。

 流石にパノアまでは距離があるからか直行便は出ていないが、周囲を見回すに他にパノア方面に向かう便は無さそうだ。

 予定通り、アノマンまでこの馬車で移動し、そこから歩いてもう一個先の宿場まで行くことになりそうだ。


 「乗るの?」

 「大人三人。アノマンで降りる」

 他に乗客はおらず、先客もいない。

 俺たちが料金を払って荷台に腰かけると、ゴロゴロと馬車が街道に向かって滑り出した。

 空は晴れ渡り、気温もやや暖かく、湿度も爽やか。日本なら絶好の行楽日和という奴だろうか。この辺りは街道もよく整備されていて、不快な振動に尻を突き上げられるようにシェイクされることもない。


 「楽ちんだねぇ」

 一定の速度で後ろに流れていく景色を眺めながらジェルメがそう言って伸びを一つ。

 確かに楽ではある。

 が、護衛である以上、却ってこの環境はよろしくない。

 歩いていれば周囲に向けやすい意識も、穏やかな気候と心地よく揺れる道。そして藁を敷いただけだが絶妙な感触の馬車の荷台。

 開門と同時に出発した=それ以前から起きているというのもあって、気を抜けばすぐに睡魔に襲われる。

 「……お?」

 「あら?」

 向かい側で依頼人が、自身の助手の肩に頭を預けてこっくりこっくりと舟をこぎ始めているのを見れば、尚更油断ならない。


 「……まるで子供ですね」

 その助手が――起こさないように音量を落とした声で――そう言って笑っている。

 年齢で言えば彼女の方が若いのだが、そうやって並んでいるところを見ていると同年代ぐらいに思えてくるから不思議なものだった。


 そののどかな光景を前に周囲に目を凝らしながら馬車に揺られる事2~3時間。途中で道程が問題なく進んでいることの現れだろうか御者の鼻歌が混じり、それが一層うたた寝に誘うのを耐えてアノマンの町に到着した。

 「着いたぞ」

 「あぁ……うん」

 対面している依頼人を起こすと、その直後に馬車が停まった。

 どうやらここから先には別のお客がいるようで、市壁前の停車場には既に何組かの客が到着を出迎えていた。

 御者にしてみればすぐにでも俺たちを降ろして彼らを積みたいところだろう。


 「お世話様」

 「はい、お気をつけて」

 馬車を降りて町の門へ。宿場町だけあって衛兵も手慣れたものだ。

 町の中心を南北に貫く街道を進んで反対側へ。少し遅めに宿を出た――というより、これ以上いると二泊分の宿泊料を取られるギリギリの時間まで粘っていた――連中と一緒になって街道を北へ向かう。

 道の左右にはそう言った連中に遅めの朝食や、もっと勤勉な連中に早めの昼食を売る店が並んで、時折おいしそうな匂いが湯気に混じって流れてくる。

 そのうちの適当な店で香草入りのパンとミートパイをめいめい一つずつ購入し、袋に詰めてもらう。まだ足を止めて食事をとるには早いが、と言ってこの先は次の宿場まで碌に飯を食べられる所はない。


 それらを持って町を出る。丘陵地帯に入って緩やかな坂を上り、少し汗ばむぐらいに進んだ辺りで、適当なところに腰を下ろしてアノマンで買った弁当を広げる事となった。

 「まるで遠足だな」

 思わず呟いたその感想は、目の前に広がる景色――小高い丘から見下ろす周囲の草原と、その上に影を落としながらゆったり流れていく雲、そしてそれらの向こうに見えている東の海が自然と口にさせたものだったのだろう。

 「のどかだねぇ」

 食べ終わって大きく伸びを一つしたジェルメが、その言葉に押されるようにして仰向けに寝転がった。

 「これで仕事でなければ完璧なんだけどね」

 「珍しいですね。そんなこと言うの」

 覗き込みながらシラが答える。

 そう言えば、俺が知るだけでもこの女が仕事を面倒がっているのを見たことはない。


 「私だってゆっくりのんびり何にもしないピクニックと行きたい時だってあるんだよ」

 そう言いながらしかし、それとは裏腹に体を起こす。

 それからあくびを一つ。

 「一般に、人生は短い。なら少しでも好きなように好きな事していたいじゃないか」

 「そういうものですか」

 「そういうものです」

 それから、俺たちが全員食事を終えている事――ついでに言えば自らと同じようにぼうっと食休みしていたことを確認すると、彼女は自分に発破をかけるように立ち上がった。


 「ま、これも好きでやっているようなものだけどね。そろそろ行こう」

 「了解です」

 「了解」

 俺たちも後を追って立ち上がり、残りの道程に目をやる。

 進行方向に見える町が目的地のパノア――ではなく、今日宿をとる宿場町だ。


 「さて、日が沈む前にあの町に向かうよ」

 その遠くの町を指さして、ジェルメが歩き出す。

 好きでやっている――ナヅキ虫=人の人生を左右する代物を商うというのに一体どういう理由があるのだろうか。

 その具体的な中身は言わず、彼女はいつも通りの足取りで歩きだしていた。

 まあいい、知ったところで俺のやることは変わらない。

 それに恐らくだが、尋ねたところで彼女は答えない。何故かはわからないが、確信めいたその予想が俺の頭の中を占めていた。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

明日も同じ時間帯に投稿予定です

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