少年老い易く憧憬諦め難し13
四色の影が一気に散開する。
突然現れた新手の敵に蔦が、妖花が、反撃のために結集するが滑るように動き回るそいつらを捉えることは出来ていない。
「っと」
そのうちの蔦の一本がこちらを狙い、依頼人を下げさせて反対に切り捨てる。先程のように太いものではなく、根元の方に妖花が咲いているものも反撃に駆り出してきている。
「ユートさん!」
背後からの声に一瞬だけ振り向いて聞いていることを示すと、すぐさま声ともう一本の蔦が同時にやってきた。
「こちらは大丈夫です!連中を!!」
「了解だ!」
返答しつつもう一本蔦を切り落として、一番近くに――と言っても池の中だが――いた赤い分身へと駆け寄る。蔦に守られた妖花の攻略の最中だったが、毒の噴射と蔦に阻まれて足止めされている。
「待っていろ……!」
助太刀に飛び込んだ俺を狙って蔦が振り下ろされ、すんでのところで躱して懐に飛び込む。
「ッ!」
同時に放たれた毒を赤い分身が被るが、リアクションも、目に見えた変化もない。
このタイプの能力を見たことはないが、どうやら分身には毒の効果がないか、あっても発現が遅いようだ。
「いいぞ!今だ!!」
俺の声が聞こえたのかどうかは分からないが、自らを出迎えた毒の噴射元へと一気に突進する赤い分身。
相手の特性=毒での迎撃は非現実的と気づいた蔦たちが動き、間抜けに口を開いたままの妖花を逃がそうと隆起し、もう一本が襲撃者を後ろから襲うべく振り上げられた。
「行け!!」
叫び、同時にその振り上げた蔦を切断する。
紫色の液体を噴き出しながら切り落とされた先端が、池に沈んで辺りを紫に染める。それと同時に分身が花に飛びついていた。
振り払おうと暴れる蔦。ロデオのようにそれにしがみつく分身。
動きが更に激しくなるまで待たず、自分の右腕を食わせるように、分身が妖花の中に拳を突っ込んだ。
「ッ!!?」
直後、振り落とされた分身が水面と音を立ててスタントマンのように受け身をとった。
「やったか!?」
花が空を仰ぐ。
一拍置いて、動かしていた蔦が唐突に力を失い、その長大な本体を横たえる。
放射状にピンと広がっていた花弁は、長時間煮込まれたようにぐたりと重力のなすがままとなって、花の中心の口はだらしなく半開きになったまま、紫色の煙が、線香のように細く一筋立ち昇っていた。
直感:少なくともこの戦闘中、奴が再び動き出すことはない。
「よし」
ふと周囲に目をやると、俺たちとは反対側に三人がかりで襲い掛かった青、黄、緑も妖花を一つ同様に無力化したようだ。
ぐったりと動きを止めた妖花と蔦。
それの根元で、同様の蔦と複雑に絡み合ったネットの上、明らかに狼狽えたアルラウネの本体。
その狼狽が、一瞬で増強された敵意に変わったことは、それまで自らを支えていた蔦を攻撃に参加させたことで示された。
「くっ!!」
居合い抜きのようにネットから抜ける勢いで身をしならせた一撃が風を切って迫り、俺のすぐ横に落ちる。
「ッ!!」
水が高く舞い上がり、直撃を受けた赤い分身が塵となって消えていく。
だがそこで攻撃は止まらない。叩きつけた蔦を、今度は薙ぎ払うように水面を滑ってくる。
「くぅっ!!」
咄嗟に飛び、間一髪でその上を通過する。つま先の数㎝下を、風を切るような一撃が通過したのが見なくても分かった。
咄嗟の回避の後、同じような一撃を躱した際に仲間と分断されたのだろう青い分身がこちらに向かってきたのを認め、俺も奴の方へ。
再び叩きつけんと振り上げた蔦の根元に咲いていた妖花が毒を撃ち下ろしてくるのを飛び下がって躱し、更に追撃してくる蔦から逃げる。
――不意に、その動きが停まった。
「!?」
考えられる要因=黄と緑の方に目をやると、彼らが生還を期せずに妖花を道連れにしたのが、まさにその瞬間だったようだ。
「行け!」
その一瞬の隙を青も逃さない。
半端なところで止まった蔦に飛びつくと、絶妙なバランス感覚でよじ登って妖花へ達する。
振り払おうと暴れる蔦だが、よじ登ってしがみついた青はしっかりと抱き着いて離れようとしない。
「行けるな」
その蔦の動きに直感する。奴らの鞭のような動きは、その性質も鞭と同じだ。
即ち先端に行くほど動きが増幅されて強大な力を発揮するが、そこまで力を伝播する前=根元に近づくほど動きは小さくなる。
よって、一度登られてしまえば、容易には振り払えない――目の前で展開されているように。
「なら、任せるか」
踵を返し、別の蔦へ狙いを定める。恐らく初めての事なのだろう、奴が自分によじ登ってくる青に集中している間に近くにあった別の妖花=出口を塞いでいるものへと突撃を敢行。
「ッ!!」
接近に気づいたそいつが咄嗟に花をこちらに向けて迎撃態勢をとるが、この距離では初動の差が決定的な差となる。
「おおおっ!!」
一気に姿勢を低くして奴の射線を詰めていく。
「ッ!」
護符の効果で高速化した俺には、花がその口を大きく開いて毒を噴き出すその瞬間が見えていた。
「ここだっ!」
その一瞬に合わせて足を斜め前に。
体がその動きに合わせて横に逃げ、噴射された毒を紙一重で躱しきる。
「おおっ!!」
そのまま更に一歩。
踏み込みと同時に放った斬撃が確かに奴の口にかかったのが、手応えで分かった。
――同時に、仕留め損なった事も、また。
「くっ!」
確かに斬りつけたのは事実だ。
だが、刃は口とその周囲の部分を通り抜けただけで致命傷を与えてはいない。
その証拠に、口裂け状態になった妖花からはその傷口に合わせて穴の開いたタイヤから空気が漏れるようにガスが噴出を始めている。
もう一度か――そう反射的に刀を振り上げた瞬間、背後からの声に身をかわした。
「うおあああああっ!!」
依頼人が突進してきている。
その手には、丸薬の小袋がしっかりと握られている。
「行け!行けぇっ!!」
彼はもう恐れてはいない。
その“冒険者”のしっかりと握った腕輪が、毒を吐き出し続ける妖花に、ダンクシュートのように小袋を叩き込む瞬間に輝いた。
「ッ!!」
妖花は爆ぜた。
周囲の蔦を巻き込んで、内側から弾け飛ぶように。
「やった!!」
その声が俺だったのか、依頼人だったのか、そこはイマイチ分からない。
分かっているのは、それを最後に周囲の蔦が崩れ始めた事だけ。
「な、何が……」
今度は間違いなく彼の声だった。
そしてそれに答えるように、地鳴りのような音が辺りに響く。
各所の妖花の受けたダメージが本体に伝播したのか。
或いは本体の維持に用いていた蔦を攻撃に回したのが悪かったのか。
アルラウネの本体を支える蔦のネットは、一本、また一本と、蔦が切り離されてバランスを失っていく。
「終わりだ」
アルラウネの叫びがそれをかき消す。
何を言っているのかは分からないが、恐らく苦悶に満ちているのだろう絶叫が辺りに響く。
「崩壊する」
巨大な水柱と轟音。
そしてその中に消えた本体が、その直前の俺の言葉を実証した。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に