少年老い易く憧憬諦め難し12
どうする?逃げるか?
流石に二人だけであれの相手は厳しい。
――だが、その判断を下すのには既に遅すぎることはすぐに分かった。
「塞がれたか」
今まで登ってきた道は太い、それこそ人間の胴体位ある蔦が堂々と横切っており、その上に例の妖花が一輪、紫の排気を繰り返している。
あれを始末する間は必ず敵の本体や他の蔦に背中を向けなくてはならない。
「あ、あの……」
「仕方ない。ここで奴をやるしかない」
本体から目を離さずに依頼人の言葉に答える。
振り返らずともどういう表情をしているのかなど、声を聴くだけで分かった。
「……」
無言で左腕に巻き付けた護符に手をやり、そのまま抜刀。
「来たッ!!」
と、同時に鞭のようにしなる一本の蔦がこちらに迫る。
風を切り、俺たちをも同様に断とうとしているのだろうそれを、依頼人を掴んで間一髪で躱すと、やかましく水を叩いたそれに斬撃を返す。
「外したか」
こちらも間一髪だった。
巨体に似合わぬスピードで蔦が逃れ、追撃か反撃か、その打撃用の蔦とは別のもう少しだけ細い蔦がこちらに大輪の妖花を向けている。
「あれは」
「走って!」
叫びつつ自分が先頭に立って実行。
先程までいた場所に紫のガスが噴射される。
「わわっ!!?」
依頼人の声もそのガスで遮られるが、まだ無事だということはガスの隙間からなんとなく分かった。
「ちぃっ!」
すぐに次の手を考える。
打撃用の蔦に加えて、この妖花のガスを受けるのは危険だ。
ましてや池全体をぐるりと囲むように配置されていることを考えれば、あまりこいつらを活発にさせておけば十字砲火を浴びる可能性もある。
「ならっ――」
池の中に足を踏み入れ、旋回が間に合わない妖花へと突進。
「うおっ!」
一体なにで接近を感じ取っているのか、すんでのところで別の蔦が振りかざされ、反射的に身を伏せた俺の、ついさっきまで頭の合った空間を鋭い音を立てて通り過ぎていく。
その一瞬の間に、妖花は回避から迎撃に移る余裕を得ていた。
「ッ!!」
蛇がそうするように鎌首をもたげ、頭上から毒のシャワーを浴びせる体勢に移る妖花。
視界の隅で、もう一輪同様の形をとっているのが分かる。
十字砲火――恐れた矢先に実現されそうになっている。
「くっ――」
顔を覆い、無我夢中で駆け戻る。
足元にガスが追い付き、それに気づいて足を止めると、そのまま勢いが死ぬ前に横へと転がった。
「ぐうっ!!」
殆ど転がるというより地面に飛び込むのに近い状態だが、それでもやらないよりはマシだろう。
浅瀬とはいえ水の中で転がることで、体に付着した有毒物質を洗い流したようだ。
皮膚に浸透する際に起きる、焼け爛れるような痛みがない所をみるにそう判断しても問題ないだろう。
「くっ……」
だが、ただ運が良かっただけに過ぎない。
こちらからの攻撃は防がれてしまっているし、反対に向こうはいくらでも攻め手を持っている。
「ユートさん!」
依頼人の声で彼と合流したことを知るが、だからと言ってこちらは二人だけ。あまりに人手が足りなすぎる。
「大丈夫ですか!?」
小さく頷いて答えながら、目は敵から離さない。
「せめて火があれば……」
魔物とはいえ植物だ。炎は弱点になる。
特にあの妖花だけでも、焼き払えればそれだけで優位に立てるだろう。
とはいえ、ないものねだりをしても始まらない。山の中で大規模な炎を熾すことでの山火事を恐れていた己を悔むべきだが、今更遅い。
なら次善の策を採るしかないが――そこで、依頼人が持っているものに初めて気が付いた。
「それ、さっきの……」
彼はいつの間にか、さっきの場所から腕輪を回収していた。
いやそれだけではない。片手に腕輪、もう片方の手には、マイコニドと戦った時に取り出していた小袋。
「そいつでやる気ですか?」
考えていることは分かった。
そして恐らくそれが正しいという事も。
あの妖花には毒消しが効くだろう。或いは致命傷を与えられなくとも、一時的に毒を弱らせるか、無毒化することは出来るかもしれない――丸薬が俺の考えているようなものなら。
だが問題が一つ。剣が届かない相手にこの丸薬をどうやって飲ませるのか、という事。
そしてその方法については、覚悟を決めたと分かる据わった目で発案者が口にした。
「私が授かった能力で、奴らに飲ませてやります」
そうだ。彼は能力者だ。
だが、どうやって?
その疑問が口を突くよりも、彼の実践の方が速い。
「ハアアアアッ!!」
彼の体から発せられた光は、アルラウネの気も引き付けた。
「ちぃっ!」
迫って来る蔦を斬り飛ばし、何とか能力の時間を稼ぐ。
ばしゃん、と大きな音を立てて蔦の先端が水没する。
「よし!行けます!!」
その言葉と同時に俺の前に一斉に並ぶ五つの影。
それは依頼人のシルエットが、独自に動きだしたとしか言いようのないものだった。
赤、青、黄、緑、そしてそれらに挟まれた彼自身。
幻影術か、いやただの幻影ではない。それら一人一人に本体が手渡した丸薬が握られている。
ただの幻影ならばものに触れることはできない。
あれは一種の召喚獣と言っていい。ただし自身の似姿を、複数同時に呼び出すという、魔術としての召喚術とも大きく異なる、まさしく幻影とのハイブリッドの、能力としての召喚術だ。
「皆かかれ!!」
号令一下。本体のもとから一斉に四体が駆けだす。
どことなく戦隊ヒーローのようなその集団が蔦を躱し妖花の懐に突進するのを、俺は本体の前で剣を構えながら眺めていた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に