少年老い易く憧憬諦め難し9
「……ッ!」
先頭に立って進む俺の、そのすぐ後ろを震えながらついてくる依頼人。
深夜の学校に小学生を連れて行ったらこういう反応をするかもしれないというぐらいには、常に周囲を警戒し――というか怯え――つつ、手を伸ばせば俺の背中に届くぐらいの距離をしっかりキープしている。
気持は分かる。適度な臆病さの大切さを説いたのも俺だ。
だが、それで縮こまっては逆効果だ。
「後方警戒を」
「えっ?」
「パーティで行動する場合、常に一人は後方を警戒する。後方からの襲撃の備えは勿論、いざという時に逃げ道が分かっていないと生死に関わる」
上手く後ろを見ながら進む=進行方向に対してバックするのは慣れないと難しいのだが、パーティを組んで動く可能性がある以上は覚えておいた方がいい技能だ。
ダンジョンでの集団行動はチームスポーツみたいなもので、複数のポジションをこなせるに越したことはないし、メンバー全員が全てのポジションを瞬時に入れ替えられるようにするのが理想というか、そこまで行ってやっとパーティとして一人前だ。
「で、ですが前を見ないで進むのは……」
その疑問――というか、怯えは誰しもが通る道だった。
「確かにその通り、だから先頭を進む人間がいる。もっと人数がいれば先頭を行く人間が本隊から距離を取って進み、何かあったら本隊の先頭が反応するという方法があるが、今は二人しかいない。だから、片方が前を、もう片方が後ろを警戒しなきゃならない――」
そこまで言ってから僅かに体を横にずらして、進行方向に伸びている沢に沿った道を彼から見えるように位置取って締めの一言。
「前と後ろ、どっちでも好きな方を」
「……わかりました。後ろをやります」
「お願いします」
行動再開。
俺の手にはジェルメたちをアルメランまで送った翌日にあちらで購入したダガーの、股間にぶら下げた鞘に収まったままの柄が入っている。
腰間のものを抜いて携行してもいいのだが、そういう場合の持ち方として肩に刀身を担いで持ち運ぶと、この状況では後ろにいる依頼人が危ない。
必然、手を自由にしながら即応できる形を維持しつつ進むことになる。
その用心の必要がないと分かったのは、そのまましばらく進んだ後だった。
「……止まって」
後続にそう言って、自分のそれの後ろにある依頼人の背中に手をやる。
「わひっ!?」
「マイコニドがいる」
森の中に出来たちょっとした広い空間に、いくつかのキノコが歩いていた。
人間の子供か、それよりもやや大きいぐらいの、どことなくエリンギを思い出させるシルエットのキノコ人間。
マイコニドと呼ばれる、この大陸の森や山に広く分布するキノコ型の魔物だ。
辺りは思い思いに枝を伸ばした無数の木々によって黒緑のドームとでも言うべき程に空を覆われていて、時折隙間から差し込む日差し以外に光はない。
日中でも周囲より薄暗く、加えてこの高温多湿のこの辺の環境は、マイコニドにとってはまさに一等地といった状況なのだろう。辺りに自分の体から生えてきた相似形のようなキノコを植え付け、縄張り拡大に余念がない。
「あれがマイコニド……」
後ろから恐る恐るという言葉の典型例のような声が聞こえる。
「冒険者になれば、嫌と言うほど見る。まあ嫌な同僚みたいなものですね」
緊張をほぐすための適当な冗談だったが、リアクションする余裕はないようだ。
「……まあ、とにかく。あれらをどうにかしないとならない」
問題は、マイコニドは縄張り意識と繁殖への執着心が非常に強い魔物であるという事と、彼等には動物性たんぱく質は絶好の苗床に見えるという事だ。
そしてその連中がいる場所が、俺たちにとっては避けて通ることのできない場所であるというのは、すぐ後ろにいる新米冒険者にとっての洗礼みたいなものだろう。
「突破しましょう。離れないで」
「……はい!」
「連中の笠は攻撃しないように。衝撃を加えると毒のある粉を吐き出すことがあります」
なんとか腹は括ったか。背中から一対のナイフを引き抜く。
それを確認したのと、マイコニドの一匹がこちらに気づくのはほぼ同時だった。
「キュィッ!!」
特徴的な鳴き声を上げて、ゆるキャラのような短い腕でこちらを指さすマイコニド。
「キュィィイイイ!!」
「キョオォォォォォォ!!」
他の連中も同じような声を上げてこちらに向かってくる。
その足取りは、腕と同じぐらい短い脚もあってゾンビ映画のようにのたのたしたものだが、それとて油断はできない。十分な脚力を発揮できないのは山道にいる以上こちらも似たようなものだ。
「こういう時は……」
説明しながら胸嚢の一か所を開いて、固形石鹸のようなものを取り出すと、それを別の場所から取り出した砥石で一気に削る。
「強い光が出る。直視しないように」
警告を一言告げて石に削られた面が発光し、薄っすら白煙が立ち昇っているのを確かめてから、向かってくるキノコ連中の先頭の奴の前に投げ込むと、自分も目を伏せた。
「キュァァッ!!?」
直後に凄まじい閃光が迸ったことは、伏せた視界になお見える光の一部と、キノコたちの叫び声で直感する。
「突っ込む!」
叫びながら抜刀――今回は腰の無音刀。
踏み出すと同時に霞の構えに取って突進。視力の戻らない先頭のマイコニドが間合に入るや否や、剣を返して自身の説明通り傘を避けて真一文字に顔面を切り裂いた。
「ギュアッッ!!!」
叫び声をあげて顔を覆わんとするマイコニドの体に勢いそのまま体当たりをかまして仰向けに突き倒すと、その胴体のど真ん中に突き下ろし、一際大きく体が脈動したのを確かめてから一気に引き抜く。
「ギィィィ……」
残りの個体のうち、閃光の影響をあまり受けなかった=既に視力の回復している個体が、目の前の苗床候補が一筋縄ではいかない相手だと悟ったように足を止めて遠巻きに囲むよう判断したようだ。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません
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