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スキル・ディーラー ~次の人生お売りします~  作者: 九木圭人
少年老い易く憧憬諦め難し
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少年老い易く憧憬諦め難し4

 奴と堂上との関係がどういったものなのかは分からない。

 パーティに加入している可能性もあるが、近くには堂上も、奴がどこかで見つけてきたパーティメンバーも見えない。

 そんな風に探る俺には気付いていないのか、アメリアの方は黒い羽根飾りの男と談笑を続けている。

 内容はここまでは聞こえてこないが、その話し方は営業トークといった雰囲気でなんとなく生命保険の営業マンのような印象を与える。


 「……」

 まあいい。向こうが気付いていないのならむしろ好都合だ。

 「いらっしゃい。お好きな席へどうぞ」

 本来の目的地に足を踏み入れ、市場=ジェルメたちの方が見える席に腰を下ろすと、どうやらちょうど営業を始めたところのようだ。

 荷馬車の幌を外して畳んでいた棚を展開。魔術薬や薬酒がそこに並んでいる。

 そしてその奥、つまり荷馬車の荷台には厚紙で出来た箱がいくつも並び、手書きの値札が揺れていた。


 この世界における薬売りの業態は所謂富山の薬売りに近い。

 あの厚紙の箱には常備薬一揃えが入っていて、あれを買えば後は次回以降に商人が現れた時に不足分だけ追加購入すればいいという形だ。

 ただ大きく違うのは、この世界における置き薬が日本におけるそれよりもかなり広範にわたるという事。

 冒険者がダンジョンで使うような薬。即ち一瞬で傷を治したり毒を治療したりするような代物は許可を受けた専門の商店しか扱えないものの、そうではないものは大体の魔術薬がああして流通している。


 この大体の魔術薬の中には「体内に入った病原菌を殺傷する魔術をかけ、それが肉体に影響を及ぼすのを薬によって保護する」という、抗生物質のような代物まで含まれるといえば、この世界の魔術薬学の実力と、それに対する規制の緩さが伺える。

 「さあさあ、よろず体の事でお困りの方はいらっしゃいませんか?」

 薬売りを表すのぼりを立ててジェルメが声を張り上げる。

 「命を繋ぐ各種お薬ご用意しております」

 魔術薬への規制の緩さは、医者の貴重さの裏返しでもある。

 ジェルメのうたい文句はあながちオーバーでもない。


 「いらしゃい。何にしましょう?」

 と、そこで視線を隣へ。店の奥から婆さんが注文を取りに出てきた。

 それなりに時間を潰すことになる。長居してもいいメニューを選ぼう――そう考えて品書きに目を走らせる。

 「えーっと……クワンスープとダージャン焼きと……あとヤヌ酒を」

 「お客さん、外国の人でしょう?ヤヌ酒は臭いありますよ。大丈夫?」

 ヤヌ酒というのはこの辺りの名物で、芋を発酵させて作る。

 一般的に粉末にした香草がついてきて、好みでそれを入れて飲むのだが、これが中々に強烈な匂いを発する――酒も香草も。

 だが、ゆっくりちびちびやる、その上弱い酒なので今回のような任務には持ってこいだ。


 「ああ大丈夫。前に飲んで以来病みつきになって」

 「そりゃあ良かった。うちのは格別ですよ」

 実際にはそこまで苦にはならない程度だが。

 注文を纏めるとその場で代金を――少し多めに――渡す。注文の都度支払いとチップもこの辺りの特徴だろう。


 婆さんとのやり取りを終えて、それまで視界の隅に留めてきた監視を再び中央に戻す。

 既にお客は何人か集まってきていて、一人は会計中だ。ばら売りの丸薬を二種類ばかり買っているのを見るに、恐らく以前に一式購入した客なのだろう。

 「……ッ!」

 不意に接近する気配を感じ、反射的に立てかけていた得物に手を伸ばした。

 注文した料理にしては早い。婆さんはまだ厨房に現地語で伝えている最中だ。


 「あ、やっぱり」

 その第一声で手が離れる。

 女性のそれにしては落ち着いた音色が武器を持っての闘争はひとまず去ったと伝えていた。

 「お久しぶりですね、ユートさん」

 「ああ、どうも」

 どうやら羽根飾りの男との話は終わったようだ。

 薄手の外套を纏った体に視線が当たり、そこから上にスライドしていく。

 真っ白な髪の毛とコントラストになっている緋色の双眸が隣から覗き込んでいた。


 「お仕事ですか?」

 「まあ……そうだね」

 腰を折って視線の高さを近づけてきた相手にそれだけ答えて、それから少し付け足した。

 「もう少しで、仕事が来るはずなんだが」

 「ああ、そうなんですね」

 今回の依頼を受けた時に考えた設定を記憶から引っ張り出す。

 カンディアの地で仕事の話を聞きつけて、その紹介者とここで落ち合う手はずになっている――時間の経過でどうやらすっぽかされたらしいという方向に変化させる設定だ。

 冒険者がらみの仕事についてはいい加減な仲介人というのはたまにいるもので、そこまで無理のある設定でもない。

 現に、アメリアはそれで納得したようだった――常に顔に浮かべている微笑みからは本心を読み取るのは困難だが、少なくとも疑いの目を向けている訳ではなさそうだ。


 「そっちも仕事で?」

 向かい合った席に腰を下ろしたことを黙認するという意味を込めて聞き返すと、一言「ええ」という肯定と、俺を通り過ぎてギルドの方に目線を走らせることで答えてきた。

 「公爵のお使いでして」

 一言そう付け加えながら、促すように目が俺とギルド前を一往復。

 それが示す意味:先程俺が見ていたことを知っている。


 「話し中だったようだからな」

 「振られちゃいましたけどね」

 残念、と肩を小さく竦めて見せる。

 「公爵はさっきのあの人、“黒鶏冠(とさか)のロッシ”に随分興味をお持ちのようで。でもまあ、今日は声をかけるだけで良いとのことでしたから」

 秘密ですよ?今度はそう付け加えて。


 「ああ、なるほど。あの人らしい」

 レイノース公爵の冒険者好きは良く知られている。

 将来有望な若者を青田買いしている――良く言えばそうだ。

 より実態に近い言い方をすれば、それらを囲い込むことで自身の私兵にするつもりなのだろう。故に、名の売れた冒険者には唾をつけておく訳だ。


 先程の男もその私兵候補の一人と言う訳だ。黒鶏冠のロッシというさっきの人物も姿を実際に見たのは初めてだが、その名前は俺でも聞いたことがあった。


(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ございません

今日はここまで。続きは次回に。

なお次回は本日19~20時頃を予定しております

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