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スキル・ディーラー ~次の人生お売りします~  作者: 九木圭人
少年老い易く憧憬諦め難し
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少年老い易く憧憬諦め難し2

 「……どうだ。たまには堅気の冒険者に戻ってみねえか?」

 「そうですね……」

 そう答えながら、そのためのハードルが極めて高い事は分かっている。

 ――そんな事は発言者自身百も承知だ。ギルド内の冒険者たちの事情については恐らくハジェス以上に詳しいだろう。


 「探せばソロの仕事だってあるだろうし、ちょっとずつ連中を安心させてやれば、案外すぐに元通りになるかもしれんし、な」

 連中を安心させてやる――つまりこう言いたいのだ「今を時めく堂上修也の敵だった男だが、『腕前には代えられない』という口実でちょっとした仕事に助っ人として呼ばれるぐらいの実績を作れ」と。

 一度は築いたその地位をもう一度手に入れろ。口で言うのは簡単だが、なかなかどうして難しいものだ――心理的にも、実際的にも。

 「まあ、言うは易しだがな」

 発言者自身がそう認めるように。


 「……正直、俺自身最近はもう冒険者なんて足を洗ってもいいかとも思っているんですよ」

 冒険者は信用できない。

 堂上修也の一件でその事は俺の中にしっかり刻まれた。

 各個人がではなく、冒険者という職業の環境が、と言った方がいいかもしれない。

 自由があるように見えて――そう思える他の職業と変わらず――実際には不文律と同調圧力の政治が絶えず働いている。

 弁えるべきところと、慮るべき相手は暗黙の裡に存在し、そしてその事を口にするのは厳に慎まれなければならない。


 そしてそういう社会の決まりとして、そこから排除された人間はその時点で無条件に過失を認めなければならない。

 まず過失を認め、その上で集団に認められるように彼ら全てのご機嫌を伺い、一から出直さなければならない。


 そこまでするほどの魅力を感じなくなっている。

 屠殺か、汚れ仕事か、そちらで生業がたつのなら、それで十分だ。


 「……そうだよな。そう思っても仕方ねえよな」

 ならば何故まだギルドに所属している――この人はそういう所には踏み込まなかった。

 「ま、まだお前が見限っていないなら、ギルドはいつでも待っているだろうさ。気が向いたら戻ってきたらいい」

 それからちびりちびりと酒をなめる。

 ジョッキの中が大分少なくなった辺りで、親父さんは思い出したように付け足した。

 「まあ、こういうのは死者を都合よく利用しているようであまり好きじゃないんだが」

 その前置きの時点で何の話なのか、即ちここでいう死者が誰を指すのかは十中八九明らかだった。

 そしてその通りの名前が挙げられるのを、俺は黙って聞いていた。

 「シモーヌの事が忘れられなくて冒険者を辞めたくないって言うんなら、それも一つだ。もしあいつが生きていたら認めてくれるようなことをしな」

 これは忘れてくれて構わん――そう付け足して親父さんはジョッキを干した。


 結局、互いに一杯だけで別れた。

 「……」

 駆け出しの頃みたいに、親父さんに言われたことを反芻する。

 シモーヌさんが生きていたら認めてくれるような生き方――まあ、一理あるだろう。

 だが、そのための道のりは果てしなく長く、下手すれば生きている間にはたどり着かない程だ。

 そして現実問題として、まだプロの屠殺屋ではない以上、食っていくにはスカベンジャーの仕事をするしかない。


 何より、その仕事を既に受けているのだから。




 「やあ、久しぶり」

 翌朝、前回と同じ門の前で俺たちは約一か月ぶりに再会した。

 「どうも」

 こちらを認めて手を振った雇い主にそう返し、事前に聞いていた通りの荷物であることを確認。

 今回ジェルメは身軽なものだ。前回使っていた革のリュックサックも背負わず、ただ長距離を行くための旅装だけ。

 腰回り、というかベルトに通す形でいくつか日用品などを入れておくポーチが取り付けられていて、荷物と言えば精々それ位だ。

 対するシラも前回と同様の胸嚢を巻きつけ、その上から合羽のような外套を纏っているだけだ。

 そして恐らくそれ以外の荷物や商品も積んでいるのだろう一頭立ての荷馬車が一台。そこから飛び出している俺の太ももぐらいの直径のある丸太の意味は不明。


 それが今回の俺の護衛対象だ。


 その護衛対象の薬売りが、辺りを照らし始めた朝日に開いている方の目を細めてから俺の方に改めて向き直る。

 「念のためにもう一度確認しておく。今回の目的地はロミアナ盆地を抜けた先、隣国の町エルバラに向かう。あなたにはその往復と、エルバラでの護衛をお願い」

 「ああ、分かっている」

 アルメランはこの王国全体でみると南東に位置する。

 そこから更に街道を南下して山を越えた先にある盆地を抜ければ、そこから先は隣国のカンディア王国だ。

 陸続きとはいえ外国だが、基本的に身分を証明できれば入国自体は難しくないため、彼女のような行商人もよく行き来している。

 そして俺のような冒険者もまた、ギルド証という、多国間で使用できる自らの身分証の威力を思い知る場所でもある。


 開門と同時にその隣国に向かって歩き始める。

 今回は馬車の荷もあるので多少検問に時間がかかっているが、それでも特に疑われている訳でもない。薬売りとその助手、そしてその護衛の三人。

 門を出たらアルメランから南下。国境に面しているサノ盆地を抜けてゲートをくぐれば、そこから先はカンディア王国。陸続きとはいえ別の国。

 エルバラはカンディアにおける国境近くの国際都市といったところだろう。

 南北に細長いカンディア半島全土を領地とするこの国において、数少ない隣国との行き来が活発なその町は、ジェルメらのような商人も、俺たちのような冒険者も多くが行き来する玄関口と言えた。

 と言うより、エルバラ以南となると現地人のコミュニティーが圧倒的に強く、商人も冒険者も、わざわざそこに入り込んでいく程の費用対効果がないのだ。


 「お……」

 街道を進む道すがら、目に映った森に思わず視線を向ける。

 こちらの世界に転移した時の森があそこだ。

 「……」

 あそこにはまだ宮野さんやあの男の死体が眠っているのだろうか。

 いや、分かっている。実際にはとっくに魔物や野生動物に食い荒らされて跡形もなくなっているだろう。

 「……」

 だが、こうして前を通るとどうしても彼らの顔が頭の中から離れなくなるのだ。

 ――そして決まって、その後に現れるのはシモーヌさんとの出会いだった。

 あの日俺を救ってくれた人。俺をアルメランまで連れてきてくれた人。俺を冒険者にしてくれた人。駆け出しの俺の面倒を見てくれた人。失脚し、築いてきた地位を失った俺を慰めてくれた人。


 結局、何一つ報いることは出来なかった。


 前日の親父さんの言葉を思い出す。結局俺はあの人の事が忘れられずにいるのかもしれない。勿論現実的な理由=他に食っていく方法がないというのもあるが、そうした精神的理由が皆無ではないとも思う。

 冒険者は――例え汚れ仕事だけのスカベンジャーに堕ちたとしても――あの人と俺を繋ぐ最後の縁だ。

 それを断ち切ってしまうには、余りに未練が残りすぎている。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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