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虫鬻ぐ姫君6

 文句なしに剛速球と呼べるそれが、精々バンダナか、革の頭巾程度しか防具のない相手の頭に鍔元までしっかりと突き立てられている。

 「何していやがる!早く始末しろ!!」

 叫び声に弓兵たちは右往左往。

 それ以外の一部の山賊どもは、それぞれの得物を振り上げてこちらに突っ込んでくる。

 見た目ではっきりと異能の持ち主だと分かるシラよりも俺の方が容易いと思ったのだろう。

 だが、連中の動きは所詮素人に毛が生えた程度のものだ。護符の力を得ている俺にとっては大したことはない。


 「うおあああっ!!」

 叫びながら一人が切りかかって来る――撃ち込み稽古の如く隙だらけの姿で。

 袈裟懸けに振り下ろされるそいつの斬撃を待たず、反対に切り捨ててその後続へ。

 後に続く三人が、切り込み隊長のやられたことに気づいたようだったが、その時には既におれの間合に入っている。


 「ひっ!」

 横に並んだ三人のうち、真ん中の一人が上ずった声を上げた。

 突入の勢いそのまま、そいつに袈裟斬りにする。

 相手の体を通り抜けた刃を、そのまま振りかぶりながら右足を右へ。それを察何とか察したのだろうそいつの、目以外が現状に追いつくよりも先に腰をそちらに向けて切り捨てる。

 「だっ、誰か――」

 残された一人が叫び声をあげ終わるよりも前に振り返りざまに振り下ろした一撃で頭蓋骨を割る。

 ビクンと、立ったまま身を竦めたそいつの体を蹴り飛ばして眉間まで深々と切り込んだ刀身を引き抜くのと、一番右の相手が倒れるのとは同時だった。


 「クソがッ!」

 その更に後ろから突撃してくるもう一人を認めて構えなおす。

 そいつが肩の上に担ぐように構えた槍の穂先が日の光を受けてキラキラと光っている。

 「ああああっ!!」

 恐怖心を押し殺す叫び声を上げながら突撃するそいつの槍を、下から支えるようにして凌ぐ。

 日本では上段霞の構え、西洋では牡牛の構えなど、言い方は色々あるだろうが、要するに頭の右横に上げた刀の切っ先を相手に向けて、その刀身で槍を上に受け流す形だ。

 「あっ――」

 乾坤一擲の突撃。それが軽々と受け流されたことを悟ったそいつが声を上げた瞬間、懐に飛び込んだ俺は奴の首に当てた刃を一息に引きつつ奴から離れた。


 「!!」

 直後、首から血の噴水を噴き上げていたそいつが、血のスプリンクラーに変わる。

 「役立たず共が……」

 「お、親分……」

 熊のような大男が、手にしたツヴァイヘンダーを振りかざして吐き捨てていた。

 その巨大な刃の輝きは日の光によるものではない。

 まるで洞窟の岩壁から水晶が突き出すように、刀身から無数に生えている光の刃。

 それが俺を狙って発射され。目標を捉えられずに味方を血煙に変えていた。

 その大男が話に聞く赤ひげギンピィなる人物だろうという事は、その噴き出した血を染み込ませたような錆色の顎鬚が物語っている。


 他の山賊どもとは異なり黒々とした甲冑を着込み、肘の辺りまで鋼鉄製の籠手で覆ったその姿は、クマと言うよりも鋼鉄のロボットと言った方が近いが。

 「こいつは俺がやる。お前たちはカシンの野郎を殺せ」

 「で、ですが……」

 周りの手下どもにしてみれば今すぐにでも逃げたいところだろう。

 敵の片割れを親分が引き受けるとはいえ、振られた片方はその瞬間にも残った弓兵を仕留め、近寄ってきた別の仲間を盾にしながら絞め殺している真っ最中なのだ。


 「文句があるのか?」

 「い、いえ。滅相も……ただ――」

 ただ、何なのか。その先が判明することは永遠になくなった。

 「ひぃぃっ!!?」

 別の山賊が腰を抜かし、そいつの足元に自らの親分に撥ねられたばかりの首が落ちる。

 このチャンスを逃がす手はない。


 「武器を捨てて退け!それで見逃してやる!!」

 あらん限りの声で叫ぶ。昔取った杵柄。ナイフを持った不審者を取り囲んだ時の声は、多少台詞を変えた状況でも役に立った。

 一人、二人――誰の武器も届かない場所にいる者から全てを放り出して駆け出していく。

 「ッ!」

 そしてその直後に飛んできた無数の光を、間一髪で飛び下がって回避する。

 「……ッ」

 一瞬、右肩に鋭い痛みが走った。

 幸いにして掠めただけだが、それでも皮膚を切り裂かれたことは分かる。

 直撃していれば無事では済むまい。


 「この虫けらが!!」

 ギンピィが叫びながら己の剣を振るい、その度に今度こそ俺をミンチにせんと光の散弾が辺りの岩を砕き、木々をへし折っていく。

 「噂通りってか……」

 そうした遮蔽物を身代わりに躱しながら昨日ジェルメから聞いた話を思い出していた。

 曰く、ギンピィには食い詰めた冒険者だったという過去があるという話。

 ――食い詰めた冒険者が、やがて道を踏み外していく。どこかで聞いたような話。まるで他人事とは思えない話。


 「ゴミ漁りめが、後悔しやがれ!」

 と、そんな事を考えている場合ではない。ゴミ漁りが生ごみに変えられてしまっては笑えない。

 俺が防戦一方に逃げ回っているのを嘲るように、そして未だ致命傷を負わずにいることに苛立った様子で、散弾を連射しながらギンピィが地鳴りのように叫ぶ。

 ゴミ漁り、俺の正体を知っているのか、或いはただ単に推測か。


 「なら手前を漁らせてもらおうか」

 「ほざけ糞虫が!」

 挑発には散弾による木々の伐採で応じる。

 それを危うく躱して、ちらりと山小屋の方に目をやる。

 既に戦う意志の残っている山賊はほとんどいなくなっていた。

 いや、そんなものは恐らくシラが蛇を出した瞬間からいなかったのだろう。

 今残っているのは、敵は怖いが、気に入らなければ平気で部下の首を撥ねる狂った親分の方がまだ怖いと思っている者達だけだ。


 そしてその連中とも十分に距離が取れた=シラや山小屋と十分に離れている。

 「……そろそろいいか」

 大分疎らになってしまった周囲の木々を見る。この状態では後一発散弾を防げればいい方だろう。

 「くたばれ!」

 奴の散弾が再度刃から放たれる。

 遮るものが何もなくなった瞬間、俺は奴に向かって突進した。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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