エピローグ
「なんで……」
その先は続かない。
言葉を纏めるよりも、色々言語化する前の段階の言いたいことが次から次に湧き上がって来て、脳が対応できていない。
そしてそんな俺を尻目に、彼女は倒れているモラレスの前から回収した瀕死のハニービーを空の容器に入れると、いつの間にか御者台を降りて馬車の後ろに回っていたもう一人の外套の手を借りて下車している。
「さあ、こちらへ」
俺に手を伸ばしたそのもう一人が誰であるのかなど、説明されなくても分かる。
「……今度は、私たちが助けます」
ジェルメが手でフードを払うと、現れたのはすっかり傷も元通りに治ったシラの姿。
唯一別れた時との共通点があるとすれば、短く切り揃えられたアッシュグレーの髪だけ。
彼女の手を握って外へ。柔らかいそれは、肌寒い中でも確かに生きている人間の温かさがあった。
「小屋の向こうに馬車を用意してあります。そちらに乗り換えて離れましょう」
言いながら、彼女はここまで乗って来た幌馬車から二頭の馬車馬を放して自らの指示した方向に連れていく。
果たしてそれから一分か二分ほどで、俺たちはアルメラン方面へと処刑場を後にした。
先程より一回り小さい二輪の幌馬車。随分ボロボロなそれはしかし、乗り心地など何一つ気にならない。
生きているのだ。生きられるのだ。
そして、二人は無事だったのだ。
「何故戻って……いや……」
言いかけて飲み込んだ問い。
どれ程その危険を説いたところで、今の俺は間違いなく彼女らに救われたのだ。
「言ったでしょう。借りは返す。あなたはシラと……ひいては私の命を助けてくれた。だったら、相応の形でしか借りは返せない。違う?」
しばらく答えが浮かばなかった。
言いたいことはいくらでもある。
だが、それら全てが頭の中をぐるぐる回るばかりで、まともに言葉の形を取ることができない。
「参ったな……」
口を突いたそれは、自分でもなぜ出たのか分からない言葉だった。
「これじゃ返してもらいすぎだ。釣りがないよ」
だが、もっとも正直なところだったのもまた事実だ。
「そう?なら……」
不意に、向かいに座っていたジェルメが身を乗り出した。
「お釣りはお仕事で……っていうのはどうかしら?」
「仕事?」
答える代わりに彼女が見せたのは三通の書類。
御大層な装飾の入った羊皮紙に刻印されているのは、間違いなく本物のマルケ王室の紋章。
そしてその横に力強く大書された文字=公認渡航許可兼身分証明書。
その更に横。一体誰にそのお墨付き=外交官や特別に認可を受けた人物であるかを示す氏名欄も、ギルドでの適性診断と同様に血液を染み込ませて紋章を描く方式の個人照合部分も空欄のまま。
つまり、ここに書きこんだ人物になれるという事。
「外務卿のお義父様はお元気だことで。持つべきものは偉いエロ親父ってところね」
公爵のパーティを思い出す。
別れてから今日まで、彼女らがどこで何をしていたのかは聞かなくても分かる。
その時、馬車が大きく左に曲がった。
既に山脈の間は抜けて、前方にはアルメランの町が見えてきている。
「このままボルニーに向かいます。そこから船でアルスカ王国へ」
シラが振り返って告げる。
アルスカにはギルドがない。
つまり、ひとまず安心という訳だ。
そしてその安心をもたらすチケットは三通。
「……」
不意に視界の隅に映るものに意識が持っていかれた。
白んでいく空の下に見える、遠ざかっていく景色。
アルメランの向こう、あの日たどり着いた森が朝の光を浴びている。
あの日の森。転移してきた森。宮野さんを失い、シモーヌさんと出会った、こっちでの、冒険者としての俺が始まった森。
「……」
一度だけ手を振った。
俺は死ななかった。
俺は生き残った。
貴方たちのお陰で、こうして生きている。
「……ありがとう」
それから再度、正面へと向き直る。
今度の雇い主へと。
「どうしたの?」
「いや……、もういいんだ」
もう二度と振り返ることはない。
「しかし……、いよいよもって返しきれないな」
ジェルメは笑った。
笑みを浮かべて、少し頬を赤らめて、それが朝日に照らされて。
「なら、返し終わるまで付き合ってもらう……っていうのは?」
ちらりとシラの方を見る。この生き方の先輩の方を。
彼女もまた、それに気づいて俺を見ていた。
「よろしく、先輩」
彼女にそう告げてからお互いに笑いあう。
「よろしくね、護衛さん」
「ああ、こちらこそ」
取引は成立だ。きっと、これからずっとかかる仕事の。
「それじゃ、改めて」
そしてジェルメは俺に書類の一通を改めて差し出して、小さく一度咳払いをした。
それから、シラに向けていたような穏やかな笑顔で俺を見た。
「それでは、貴方の第二の人生が実り多きものでありますように」
(おわり)
ここまでご覧頂きありがとうございました。
スキル・ディーラー ~次の人生お売りします~これにて完結となります。
「強いスキルを手に入れれば活躍できる世界だったら、スキルを何とか手に入れる方法とか生まれているはず」という思い付きから始めたお話、色々至らぬところだらけだとは思いますが、お楽しみいただけたのでしたら幸いです。
また次があれば、その折も暖かく見守って頂ければ嬉しいです。
それでは、ご覧頂き誠にありがとうございました!