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落とし所3

 その日は、いつもよりゆっくりと、日が大分高くなってから起き出した。

 身支度もそこそこに、朝飯のために町に出る。この辺りに二軒ある酒場の、繁盛していない方に足を運んだ。

 もう片方の店と値段は同じぐらい。メニューにも大した違いはない。それで客を取られるのだから相応の味だ。


 とはいえ、それはあくまで相対的な話。とても食えたものじゃないなんてことは無い。

 もうすぐ昼時だというのに閑古鳥が鳴く店内に入り、案内された窓際の席に着いてからオーダー。いつ以来か分からない程たっぷりの朝飯となった。

 固ゆでのゆで卵が二つ。掌サイズの焼いた塩漬け肉が5~6枚に、ベイクドポテトが丸々一つ。パンも沢山。食後のデザートに杏のパイを一つと温かいお茶。


 「ご馳走様」

 こちらに来てから久しく聞かなかった台詞を口にして会計へ。

 銀貨で支払い、あと一品、二品は頼めそうなぐらいの釣銭を用意しようとする女将を制する。

 「釣りはいらないよ」

 なんでそんな事を言ったのかは自分でも分からない。恐らくただの気まぐれだ。

 ――或いは、終わりが近いと思ったからか。


 戸惑いながらも固辞せず受け取り、愛想よく送り出してくれた女将の声を背中に受けて店を出る。どうせ向こうには持っていかれないのだ。それなら誰かにいい思いをさせたやった方が有効活用と言うものだろう。

 店を出てすぐ、恐らく張っていたのだろう衛兵共が遠巻きに囲んだ。

 「何か?」

 問いかけ――その怯えぶりをからかうつもりで。

 こいつらは俺に怯えている。鉄の胴鎧と鋲を撃ってなめし革で補強した円盾を持って5~6人で囲んでも、2m以内には近づこうとしない。


 まるで猿か猪の捕獲だな――心の中で苦笑した。山から下りてきたそいつらを取り押さえるために遠巻きに取り囲む人間たち。

 動物相手ならそれでいい、だが仮にも俺は人間で、こいつらは重罪人である俺を捕らえに来たのだ。それが及び腰では仕事にならない――昔の職業柄、どうしても評価は手厳しくなる。

 その上連中の後ろに控えているギルドの保安要員=冒険者ギルドの警察組織の要員でさえどこかおっかなびっくりにしているのだから、これはもうとんでもない大物になった気分だ。


 「……で?」

 一歩前に進むと、ざわめきと共に輪がさらに広がる。

 「天下の往来だ。通行人の邪魔をするな」

 人だかりができ始めているそいつらの後ろに目をやりながら笑いかけ、それから腰のダガーを鞘ごと引き抜いた。

 「ッ!!」

 あと少しで恐慌状態になっていただろう連中の足元にそれを放ってやると、犬の糞でも投げつけられたように飛び下がる正面の衛兵。


 「しっかりしろ。投降する」

 両手を上げて見せると、じりじりと狭まって来る周囲の輪。思わずため息。

 「被疑者が武器を捨てて投降した。どうするべきだ?まず何をする?何の罪状で、誰が引っ張っていく?」

 警察学校の教官よりだいぶ優しく次の動作を伝えると、ようやく我に返った一人が書簡を開いて宣した。

 「一ノ瀬勇人、国王陛下とバンボルク首長の名において、バンボルク衛兵隊が複数の第一級殺人及び社会に対する重篤な破壊行動の容疑で拘束する」

 「はい、良く出来ました」

 その宣言が味方への激励となったのか、或いは周りのでくの坊共も自分の任務を思い出したのか、俺に詰め寄りようやく手錠をはめる。


 能力封じ用の付呪がなされたその手錠をはめて初めて、彼らが安心できたのが手に取るように分かった。


 彼等に引き立てられて街の外へ向かって歩く。

 野次馬は時間を経るごとに増え、しかし大通りを抜ければ今度は一斉に減っていった。

 門や市壁と一体化したような衛兵の詰め所の隣の敷地。アルメラン側の壁に隣接した小さな牢屋が、俺の終着点だった。

 空堀のように掘り下げられ――もしかしたらかつては本当にそういう用途に用いられていたのかもしれない――場所に建てられた二階建てのその牢獄は、外から見れば一階部分に見える二階に詰め所や面通し用の部屋が並び、牢は全て堀の中に埋まるような形をとっている。


 その二階の面通し部屋で、初めて俺を恐れていない人間が待っていた。

 「連行しました」

 俺を連れてきた衛兵が窓の外に広がる町の外=南北の山脈と遥か東に伸びている平地を見下ろしているその人物に報告すると、そいつは扉をノックしていたのにも関わらず初めて室内に自分以外の人間がいることに気づいたかのように振り返った。


 「お前か」

 報告した衛兵ではなく俺の方に応えるその人物。

 背は俺より低く、金色の髪をオールバックに固め、神経質そうな小さな目にはこの世界ではそれなりの地位を意味するフチなしの眼鏡。

 その眼鏡といい、袖口に金色の線が入ったギルドの制服といい、そして先程から衛兵たちや他の保安要員には目もくれない態度といい、こいつがギルドの要職にある人間だということは十分すぎる程に伝わってくる。


 そして当の本人はその地位に満足していない。即ち、自らが現場に赴くような地位ではなく、その現場の報告を執務室で安楽椅子に腰かけて受けるべき人間だと思っているというのは、なんとなくそのにじみ出る貴族的態度が物語っていた。


 「モラレス主任監査官だ。お前の尋問を担当する」

 勿体ぶった自己紹介を済ませると、その小男が一歩近寄って俺を見据えた。

 「ッ!」

 と同時に一発の拳。

 大振りのそれを頬に受けたが、直前に歯を噛みしめて衝撃に備えた事が幸いした。

 「まずこれはフェロンの分だ」

 精一杯の憎悪を込めた声。キメ台詞にするにはいささかパンチが効いていない。

 それはそれとして、挨拶されたら返さないのは失礼というものだろう。


 「ッ!!?きっ、貴様ッ!!」

 青くなったのは唾を吐きつけられた主任監査官殿ご本人ではなく、それを横で見ていた保安要員の方だった。

 「よい……」

 だが、当の本人は寛大に対処することを決めたらしい。指先で拭ってハンカチに押し付けると、ふんと鼻を鳴らして衛兵に告げる。

 「こいつを下にぶち込め」

 手錠に繋がれた鎖で引き立てられていく俺の背中を奴の声が追いかけた。

 「必ず口を割らせてやるぞ」


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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