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落とし所2

 「本当にいいの……?」

 翌朝、荷物をまとめた俺たちは河原から少し離れた小道で向かい合っていた。

 夜が明けて二人が起き出して来たところで、俺は自分の中で纏めた話を聞かせた。

 つまり、俺の知っているギルドのあらゆる警備上の隙と、どこを通れば安全に抜けられるのかの種明かしと、反対にどこで何をしてもこれをすれば終わりという部分を。


 そしてその上で下した、二人が確実に逃げ切れる方法。それは、俺と別れて伝えた教えた通りの方法で身分を偽って警備の緩いポイントを突き、行方をくらますというもの。

 ギルドの警備には隙も多いが、しかしそれでも逃げられない人間はいる。その筆頭が違法行為に手を染めた登録済みの冒険者だ。

 ギルド保安部の最も得意とするのが、そうした違反者の取り締まりだ。

 故に、俺が同行するとそれだけで二人の生存の可能性は低くなる。


 その事は二人も分かっている。

 だから、その選択を下すことを躊躇してくれたという事実だけで、俺には十分だった。


 「俺は連中に面が割れている。同行すればその分危険が増す。ここから先は二人だけの方が安全だ」

 説明した内容を改めて伝える。

 二人が納得してくれたのは、それも苦渋の選択だと分かる程に悩んでくれたのは、俺にとっては生前供養のようなものだった。

 「……本当に、何から何までありがとうございました」

 「この借りは必ず返す。本当にありがとう」

 シラとジェルメがそれぞれそう言って頭を下げた。

 対する俺の答えは、何でもないという素振りを見せられるように、事情を説明しながらどこかで考えていたもの。


 「気にするな」

 社交辞令でも照れ隠しでもない、正直な気持ちだった。

 俺は囮になる。

 この二人が無事に脱出するまで、町で俺が保安部の目を引いておけば、多少なりとも二人の逃亡の手助けぐらいにはなるだろう。

 分かり切った話:きっと助かるまい。

 だがそれでも――自分でも不思議なほどに――悔いは感じなかった。

 それがシモーヌさんの最後を知ってこの世に未練が無くなったからなのか、或いは燃え尽き症候群というものなのか。

 そのどちらも頭に浮かび、どちらも同じぐらいの説得力があって、しかしどちらも多数派とはならない。


 まあ、どちらでもいい。

 どちらにせよ、未練が無くなったのは好都合だ。

 なら後は、その気持ちが変わらない内に二人とお別れしよう。


 「達者でな。上手く逃げ切って、虫を売り続けてくれ。それで、いつかギルドを……」

 そこまで言うと、ジェルメは小さく、しかしはっきりとした意思を持って頷いて続けた。

 「……潰す」

 そこに迷いはなかった。

 はっきりと明確に、彼女はルーラニア湖のほとりで語った自らの目指すべき世界を再認識したようだった。


 そしてその姿が、俺の中に一つの答えをもたらした。

 シモーヌさんの死に世をはかなんだという説と、燃え尽き症候群という説に並ぶか、或いはそれらを遥かに上回る説得力の新説=ギルドというこの世界の理不尽の象徴。生まれ持った才覚によって理も法もなく好き放題できる狂った世界を創り上げ、それを維持することで巨大化した組織を叩き潰す。


 俺が憎み、俺から生活も、人望も、シモーヌさんも奪い取ったその存在を叩き潰す。

 それを可能とする代物を生み出せるこいつが生きているのなら、それで俺は喜んで囮になろう。

 この二人が無事に逃げ延びる。それが達成された時、俺の復讐は成功する。

 二人が生きている限り、俺の勝ちだ。


 「……フフッ」

 ジェルメは笑った。

 朝日に照らされたその微笑みは、安心するようで、懐かしいようで。

 今更初めて、俺はこんな綺麗な人と一緒にいたのかと、妙な驚きに軽い衝撃を受けていた。


 「勿論、必ず潰す」

 そう言った時の彼女の顔には、まだ乾いていない涙の筋が残っていた。

 「約束する」

 「ああ、よろしくな」

 固く握手を結び、それから踵を返す。

 「それじゃ」

 「達者で」

 まるでまたいつか出会うかのように、また用があったら連絡するかのように。

 俺たちは振り返らずに、別々の道に進み始めた。


 その日のうちに、俺はバンボルクに潜り込むことに成功した。

 衛兵による警備はあるが、それでも万全ではない。

 そして一度潜り込めば、金があらゆる身分証の代わりになる宿屋だって存在するのだ。

 名を隠し、所在を隠し、騒ぎが大きくなってきたら町を出る。


 同じような脛に傷のある連中が集まる宿屋には、ある種の仁義とでもいうべきものが存在する。

 互いが何者であろうとも、ここでは名もなき泊り客。自分をそう扱ってもらうために、他人にもそうする。道徳にもとるか順法精神に欠けるか、或いは――そして大体は――その両方の人間が揃っているのにもかかわらず、その点が守られているのは奇妙な話に思えるが、同病相憐れむという奴だろう。ここでは例え不倶戴天の仇であろうと、勝負をつけるのは宿を出てからでなければならない。

 お陰で、潜伏している間は随分と町の騒ぎから離れている事が出来た。

 だが、それでも限界はいずれ来る。こういう場所である以上、その対策は必ずなされる。


 「潮時か……」

 宿の周りの気配が消えなくなったのは三日目の夜。荷物を纏めて、ここまでの代金を纏めて支払い、それからきっとまともな――とは言い難いが――布団で眠る最後の夜だろうと覚悟を決めてかび臭い煎餅布団に潜り込んだ。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

恐らくあと2~3話ほどで完結の予定です

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